
農林中央金庫では、より高度なサステナブル経営の実現に向けて、
有識者のみなさまとのダイアログを実施しています。
3回目を迎える今回は、2021年4月、代表理事理事長以下役員参加のもと、
2名の有識者をお招きして開催しました。「地球環境の危機と未来の農業」、
「サステナブル・ファイナンスおよびインパクト投資の動向」に関して、実践的な議論が交わされました。
このダイアログで得た知見を生かし、サステナブル経営の着実な歩みを進めていきます。
参加者
有識者のみなさま
- 涌井 史郎 様
東京都市大学 特別教授 - 池田 賢志 様
金融庁 チーフ・サステナブルファイナンス・オフィサー
農林中央金庫の出席者
- 奥 和登 代表理事理事長 兼 執行役員
- 八木 正展 代表理事 兼 常務執行役員
- 湯田 博 理事 兼 常務執行役員
- 秋吉 亮 理事 兼 常務執行役員
- 伊藤 良弘 理事 兼 常務執行役員
- 吉田 光 理事 兼 常務執行役員
- 藤崎 圭 理事 兼 常務執行役員
- 岩曽 聡 常務執行役員
- 梅田 泰弘 常務執行役員
- 喜田 昌和 常務執行役員
- 河本 紳 常務執行役員
- 川田 淳次 常務執行役員
- 内海 智江 常務執行役員
- 北林 太郎 常務執行役員
- 宮地 茂夫 監事
- 伊藤 玲子 監事
- 野田 治男 総合企画部 サステナブル経営室長(司会進行)
質疑応答
八木代表理事:サステナビリティに関する情報開示、シングル・マテリアリティ、ダブル・マテリアリティの検討状況のご説明もありましたが、大変重要な論点と改めて認識しました。今後開示のルールが定まっていく中で、われわれ金融機関や企業は、どのように適応して、情報開示を進めていくべきかアドバイスがあればご教示いただけないでしょうか。
池田氏:情報開示に関しては、グローバルな動きについていけばいいかというと、それだけでは十分でなく、さらに先を見据えた対応が必要だと思います。ある種の公益性、サステナビリティを考慮する必要があるのではないでしょうか。日本では公益性を語るときに、企業の身の回りの取引先や従業員への対応に焦点が当たりがちでした。一方で、今後は、地球規模の公益性やサステナビリティを語ることが求められます。つまりエコロジカル・フットプリントをいかに抑えつつ、一方で人類を豊かにする取組みを実践しているかを語ることが必要です。こうした取組みをステークホルダーに理解してもらうために、どう開示していくかを議論することが大事ではないでしょうか。また、幅広くサステナビリティ課題全般の開示基準の開発が順次進んでいくと見込まれます。そこに農林中央金庫として貢献していくことも検討できるのではないでしょうか。
湯田理事:当金庫では、2030年までにサステナブル・ファイナンス10兆円という目標を立てました。規模はもちろんですが、中身・質が大事だと考えています。情報開示の議論をはじめ流動的な部分もありますが、私自身、世の中の動きに歩調を合わせるだけではなく、将来何が大事になるのかを自問自答し、投資行動につなげることが大事かと思いますがいかがでしょうか。
池田氏:サステナビリティの要素を投融資のフレームワークにいかに効果的に組み込めるかをまず検討することが必要です。その要素を入れる場合、その要素が投融資の価値にどのように影響を与えるのか、その影響を評価するためにどのような情報を集めて活用するかの整理が求められます。また、どれだけ情報を収集しても、投融資の意思決定は、結局最後は判断に拠る世界です。こうした投融資判断の質を高めていくためにも、サステナビリティ要素に関連したナレッジベースの整備や人材育成を積み重ねることが、直ちに成果とならずとも、10年後には大きな変化となって現れるのではないでしょうか。
涌井氏:環境・社会課題の中でも、例えば生物多様性、飢餓や貧困などホットスポットがあります。そこに直に体温計を入れるような投融資があってもいいのではと私は思います。ホットスポットに直に関われば、その課題がどのように社会に影響していくかの構図が理解できます。もちろん、そのようなところに投融資すればリスクもあるわけですが、何かしらフォローする方法はあるはずです。また、ホットスポットを継続的に計測して、その結果をグローバルに報告すれば、ルールづくりの中で優位な席を構えられるでしょう。機関投資家としての農林中央金庫がすべきことは、サステナビリティに関する国際的な議論の中に参加していくことだと思います。日本人はルールに従順な反面、ルールづくりには無関心なところがありますが、ルールづくりの過程からコミットすることは、非常に重要です。
伊藤理事:金融機関がサステナブル・ファイナンスの実践や、企業とのエンゲージメントの質を高めていこうとした時に、一方でリスクアセットにも限界があります。そうなると意図せざるダイベストメントが発生する可能性があります。過渡期においては一定の国策や何らかの移行措置が必要ではないかと考えますが、産業構造の転換はどのように進んでいったらよいとお考えでしょうか、ご意見をお聞かせください。
池田氏:ご指摘の問題意識への一つの答えとして、トランジション・ファイナンスがあります。カーボンフットプリントの大きい企業が、既存の低炭素技術や技術革新などを組み合わせて2050年のカーボンニュートラル目標に整合的な移行の道筋を描けているかをポイントに、投融資の最終的な判断がなされるものです。 また、カーボンニュートラルと整合的な道筋を描く企業の取組みを後押しする政策は間違いなく用意されていきます。これらの政策も活用しながら、そうした企業の移行の取組みをファイナンスすることが日本の金融機関に求められる役割だと思います。リスクアセットのお話もありましたが、投融資先の移行を促していくことは、リスク低減につながるものです。また、ダイベストメントは、短期的にはポートフォリオのリスクを減らすかもしれませんが、環境・社会そのもののリスクを減らすものではなく、それがいずれポートフォリオにネガティブな影響を与えるおそれがあります。
北林常務執行役員:農林水産空間の話に関連して、例えば、フランスでは、地形に合わせ牛を育て、その地域の菌を使ってチーズを作り、その価値に共鳴する多くの消費者が多少高価でも買い求める食文化があります。翻って、日本国内でもそのような食文化を浸透させようと思いを巡らすと、消費者行動まで含めてどのように変化をしていくべきでしょうか。
涌井氏:フランスの場合、ワインのテロワールがよく知られています。テロワールとは、要するに地味のことです。その土地でしか食べられないものを食べたいという気持ち、これは、日本にも既にあります。「道の駅」は典型的な例です。また、親族に食事をふるまう際は、高価でも安心・安全な食材を使う方が多いのではないでしょうか。自らの行動一つひとつが、結果として環境にどのように影響を与えているのかを理解し、地道に個人レベルでの行動変容を促すことが必要なのではないでしょうか。
河本常務執行役員:農林水産空間が持つ多面的な価値は非常に大きいというお話がありましたが、農林水産空間が有する価値に対する世間の理解はまだ十分でないと感じています。空間が持つ価値観を多くの人々に理解・共有いただくために、有効な取組みやアイデアはあるのでしょうか。
涌井氏:創造力が重要ではないでしょうか。農林水産空間から生み出される多様性は生物多様性のみならず、文化の多様性も生まれることを理解したうえで、何を創り出すことができるか考えることが大事なのではないでしょうか。一例として、従来放置していた森林伐採地でワラビを栽培するビジネスを始めた事例があります。これまでと見方を変えることで、従来見過ごしていた空間からビジネスチャンスが生まれてくるのではないでしょうか。
池田氏:金融面から申しあげると、金融機関は投融資ポートフォリオ全体の価値を守るために、その投融資の基盤である環境・社会の課題解決に資する投資行動をとるインセンティブを持ちます。農林中央金庫には農林水産業を基盤とする機関投資家として、農林水産空間の価値向上という文脈の中で、環境・社会課題をどのように解決するか、ファイナンス面での役割が発揮できるのではないでしょうか。
