浄法寺漆産業(岩手県)
漆は古くから貴重な塗料として親しまれてきました。しかし現在、国産の漆は危機に追い込まれています。日本で使われる漆の97%が外国産であり、国内産はわずか3%にしかすぎません。
そんな状況を見かねて、地元・岩手県の特産である漆の魅力を広めようと、2009年、当時は県職員だった松沢卓生代表取締役社長が立ち上げたのが浄法寺漆産業です。漆の精製・加工・販売から漆器の企画・小売・卸売までを手がけ、12年には株式会社化を果たしました(本社・盛岡市)。
15年度には文化庁が、国宝・重要文化財の保存修理には原則として国産の漆を使うことを決定。同社に追い風が吹いてきたものの、国産漆の生産量は絶対的に足りません。
そこで松沢さんは、産出される漆の量を何倍にも増やす採取法の確立に取り組んできました。「衝撃波破砕技術」をベースとした開発は国立沖縄工業高等専門学校の伊東繁名誉教授と進めており、17年度には、農林中央金庫が基金を拠出し設立した一般社団法人農林水産業みらい基金の助成対象事業として採択されました。19年秋の実用化を目指しています。
これまでは立ち木の樹皮に傷をつけて漆液を採取していましたが、新たな方法では幹や根の細胞を衝撃波で破砕することにより、1本の木から従来の約2倍以上の漆液を採取することが可能になると見込んでいます。また、これまではウルシの木が樹液を産出できるように育つまで15年程度が必要でしたが、この方法では樹齢5年ほどの若い木からでも採取が可能です。
松沢さんは今、耕作放棄地や手入れされない山林などを漆の生産地として活用することを構想しています。植え付けから5年程度で漆が産出できるようになれば、植林から伐採・出荷まで長い年月のかかる林業において画期的なビジネスモデルが生まれます。
すでに岩手県内では、松沢さんの呼びかけに応じてウルシの植樹を検討したり実施したりする農家や山主が増えてきました。相続した農地と山林の扱いに困っていた一関市の鈴木英也さんは、耕作を休んでいた畑で2年前からウルシの植栽をはじめました。鈴木さんは、「国宝や重要文化財に自分の育てた漆液が使われるかと思うと嬉しい。利潤だけではないやりがいがある」と、この事業の魅力を語ります。鈴木さんは現在では浄法寺漆産業の一関大東漆事業所の所長として松沢さんとともに漆産業の振興に勤しんでいます。
松沢さんは、国内において低コストでの大量生産が可能になれば、漆の用途がさらに拡がると考えており、「天然の産物で環境負荷の少ない塗料として漆を捉えるとまったく新しい価値が見出せます。マイクロプラスチックの海洋汚染問題に意識的に取り組むヨーロッパなどにも売り込むことができるかもしれません」と、期待を膨らませます。
浄法寺漆産業にはすでに、大手自動車メーカーや鉄道会社などからも協業の引き合いが来ています。また、漆を通じた社会貢献活動を行う NPO「ウルシネクスト」を設立。地域貢献や伝統文化の保護に取り組む日本航空とともに、日本各地にウルシの苗を植樹する活動も行っています。
農林水産業みらい基金
農林中央金庫が200億円を拠出し設立した一般社団法人農林水産業みらい基金は、前例にとらわれず創意工夫にあふれた取組みで、直面する課題の克服にチャレンジしている地域の農林水産業者への、あと一歩の後押しにつながる助成を通じ、食と地域のくらしの発展に貢献することを目指しています。
(取材日:2019年5月)
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