特集:系統組織の新たな挑戦

2021年6月14日、佐賀玄海漁業協同組合(JF佐賀げんかい)が直販用に新設した加工施設から、産直アプリ“ポケットマルシェ”(以下“ポケマル”)利用者向けに岩ガキとマダイが初出荷された。JF佐賀げんかいは玄界灘に面する佐賀県の北西部に位置し、日本有数の好漁場を有する。マダイやブリなどの高級魚が有名でカキやウニ等の養殖も盛んだ。一方で“ポケマル”は生産者と消費者を直接つなぐ国内最大級のC to C 産直アプリ。
市場出荷を担う農協・漁協と直販業者は対立するライバル関係にあると見なされがちだった。しかし、その関係性は今や大きく変わりつつある。協力関係がもたらす生産者と消費者双方のメリットと意識改革とは何か、JF佐賀げんかいと株式会社ポケットマルシェ(以下「ポケマル社」)の高橋博之 代表取締役に話を聞いた。

“ポケマル”は特定多数の顧客とつながるプラットフォーム

「よく“ポケマル”(直販)VS農協/漁協(市場出荷)と取り沙汰されますが全く違う。農林水産業と地域を守る仲間として系統組織と協力していきたいんですよ」と語るのはポケマル社の高橋代表だ。高橋代表は岩手県花巻市出身、Uターンで岩手県議会議員を務める。東日本大震災を経験して食を通じた復興を目指し、生産者と消費者を直接つなぐ“食べもの付き情報誌”「東北食べる通信」の創刊を経て、2016年9月に“ポケマル”を開始した。
これまでの日本の食の流通の変化を振り返ると、不特定多数の“顔が見えない”顧客向けの市場出荷が主流だった時代から、インターネットの普及などにより、生産者が自ら運営するサイトなどを通じて“特定の顧客”にアプローチが試みられてきた。しかし、情報過多の現代、個人の生産者が運営するサイトは埋もれがちだ。“ポケマル”は生産者が“顔が見える”特定多数の顧客とつながるプラットフォームを目指している。東日本大震災を経験した高橋代表は言う。「直販でつながる消費者は自然災害で不揃いとなった生産物の背景にある“ストーリー”を理解して購入し、また生産者へのお礼のコメントを通じて、商品の販売手法や適正価格などに関するさまざまなアイデア・情報も提供してくれます。市場出荷と直販が補完し合うことで、多発する自然災害に起因する価格変動への備えにもなり、生産者そして系統組織全体のマーケティング力を高めることにつながります」。

コロナ禍で高級マダイの価格が1/5に下落

一方で「コロナ禍がポケマルさんとの連携のきっかけとなったのは確か」とJF佐賀げんかい本所業務課の岡部欣輝課長は振り返る。コロナ禍前から漁獲量の減少と魚価安を背景とする担い手不足や生産者の高齢化、漁業者の所得向上は大きな課題だった。そこに、新型コロナウイルス感染拡大がさらなる打撃となる。「2020年の水揚高は、前年から約▲20%落ち込みました。料亭などに卸す高級魚の需要が激減し、最初の緊急事態宣言発令時には平常時なら2,000円するマダイの価格が400円に下がったほどです」。そうした状況下、2020年の夏に農林中金からポケマル社との連携について提案を受ける。
「組合員に直販を勧めるのは魚市場を運営する漁協の利益と相反するという議論もありました。しかし組合員の漁業所得の向上が最も重要です。新しい流通開拓を支援するのは当然という気持ちでした」と語るJF佐賀げんかい業務一課の内田浩太郎係長は「実は過去にも直販支援を検討したことがある」と打ち明ける。しかし、当時は魚市場を運営する立場上、地元の仲買人への配慮もあり頓挫した。今回の仕組みは“ポケマル”への出荷において加工施設を利用した組合員から、販売代金に応じた手数料を漁協が受け取るというものだが、コロナ禍という非常時だからこそ、生産者・ポケマル・漁協の「三方よし」の取り組みとして、直販支援に踏み切れたのも事実だった。
具体的に直販に向けた準備を進める過程では、直販用の加工施設が地域に無いことがネックとなった。佐賀県ではECサイトでの販売でも、実店舗と同様に保健所の衛生基準を満たす必要があり、組合員個人では対応が難しかった。そこでJF佐賀げんかいは、九州信漁連唐津支店のサポートを受けて農林中金の「コロナ対策助成金」を活用して、組合員用の共同加工施設を建設、2021年6月の初出荷につながった。
最初に“ポケマル”との連携を提案した農林中金 福岡支店 JFマリンバンク班 髙橋和裕調査役は「産直アプリの推奨は協同組合の存在意義と対立する等のご意見もありますが、漁業者の所得向上のために直販を支援するJF佐賀げんかいさんは、まさしく漁協の存在意義を発揮していると感じます」と振り返る。

(左から)JF佐賀げんかい 本所業務課 岡部 欣輝課長、農林中金 福岡支店 JFマリンバンク班 髙橋 和裕調査役、JF佐賀げんかい 業務一課 渡邊 紘平さん、内田 浩太郎係長

直販で変化する生産者と消費者の意識

岡部課長たちは“ポケマル”を経験した漁業者の意識の変化に驚いている。最初に岩ガキとマダイを購入した顧客から商品が到着したその日に“ポケマル”のサイトにコメントがあった。『大満足、大きさと量にびっくり。食べ方の説明書や岩ガキ用のナイフの同封にも気遣いを感じた』。こうした顧客とのコミュニケーションを漁業者たちは“面白い”と表現するのだそうだ。「組合員の多くは『獲れる魚を獲るのが俺たちの仕事、売るのは漁協』という感覚でした。今は『お客さんが食べたいものを獲って売る』に変わりつつあります」と消費者のために加工や発送の仕方に試行錯誤を重ねる、そうした姿勢もこれまでになかったものだ。
「直販で変わるのは消費者も同じ」と高橋代表は語る。「生産者と直接つながることで現場を知る、海が荒れた日があれば、漁ができる日を漁業者と一緒に待ちわびて、届いた魚を食べる。そうした生産者の“ストーリー”に共感する消費者は、食の価値を理解し、ひいては生産者の価格設定にも理解を持つことにつながります」。

(写真左から)①JF佐賀げんかいに新設された加工施設には紫外線流水式殺菌装置を設置し、水道水だけでなくイカ加工等に必要な海水加工もできる。②“ポケマル”に出品された岩ガキ。「初出荷で苦労したのは一般家庭用の小さな漁箱の準備です。各漁業者はチラシや岩ガキ用のナイフの同封など工夫を重ねています。今後、JF佐賀げんかいでは魚等の写真の撮り方や、直販を希望する高齢者へのサポートにも力を入れる予定です」(JF佐賀げんかい・内田係長)。③“ポケマル”のサービスサイトでは、食材の検索・注文のほか、全国の生産者(農家・漁師)と直接対話しながら食材を買うことができる。

同じ いただき を目指すワンチームとして

現在、ポケマル社は47都道府県での説明会や、直販を経験した生産者やブランディングの専門家を講師にした「ポケマル寺子屋」を開催している。“ポケマル”では生産者個人の登録が原則だが、地方自治体や系統組織の関心も高く、すでに約20の農協・漁協と連携する。東北出身の高橋代表は、農協や漁協が地域に果たす幅広い役割も熟知している。
「“ポケマル”で2020年の年間ランキングナンバーワンのかんきつ農家さんは、農協の市場出荷と“ポケマル”を通じた直販を上手に使い分けています。市場流通と直販は二者択一ではない、同じ頂を目指すチームとして補完し合っていきたい」と語る高橋代表だが、実は2020年11月にポケマル社が農林中金からF&A出資を受けた際、登録している生産者の反応を心配していたそうだ。しかし「新しい時代が来たと喜んでくれた。実際に農林中金からJAグループの他の全国組織をご紹介いただいたことで、今はまだベンチャー企業である当社と同全国組織との間で、農林水産業が抱える課題の解決に向けた議論まで始まっています」(高橋代表)。
フードロスや地球温暖化の問題解決にもつながる産地直送を利用することを通じて、消費者は食を楽しみながら世界を変革するチャンスがあると語る高橋代表だが、時短のニーズが強い現代社会において、食を楽しむ余裕のない消費者が多いのも現実だ。ステイホームが求められたコロナ禍を経たニューノーマル社会において生産者と消費者のつながりをいかに深めていくか。「これからも漁業者の所得向上のために販路拡大を支援していきたい」(岡部課長)、「生産者と消費者が変われば、流通と社会が変わる」(高橋代表)。今こそワンチームの取り組みが必要な時だ。

JF佐賀げんかい
担当役員の声
消費者ニーズや流通に対する漁業者たちの意識がさらにレベルアップしていくことを期待

魚市場の流通を担う仲卸業者の収益や魚市場の販売手数料の減少につながるだけに、コロナ禍が無ければ漁協が産直アプリを推奨する選択は無かったと思います。またEC販売の課題であった加工施設を農林中金からの助成で開設できたことも、“ポケマル”の出店を組合が全力でサポートするきっかけになりました。
すでに“ポケマル”を利用する漁業者たちは良い意味で予想を裏切り、円滑に商品の受発注や消費者の皆さまとコミュニケーションしています。生産者と消費者の双方向コミュニケーションを通じて、漁業者たちの消費者ニーズや流通に対する意識がさらにレベルアップしていくことを期待しています。今後は“EC販売に興味はあるが情報通信技術に疎く踏み出せない”漁業者への漁協のバックアップ体制に取り組んでいきたいと思います。

JF佐賀げんかい 立野 弘幸 専務理事

農林中金 食農金融部
水産担当部長の声
農林中金のネットワークを活かした「つなぐ」役割を発揮

“食べる人”と“つくる人”の関係性をデザインし、新たなコミュニティを生み出す、今まで誰も作らなかった新しい価値を生み出しているポケマル社に非常に魅力を感じました。特に、高橋代表は、とにかく人を惹きつける、魅力的でスケールの大きな方だな、というのが第一印象でした。ビジョンを熱く語り、人を巻き込み、たくさんの共感した仲間とともに夢の実現のために行動する、そんな“ビジョンドリブン”な方です。「都市と地方をかき混ぜる」という言葉は強く印象に残っています。
今後は“ポケマル”と連携し、従来の市場流通と産直流通が共存した世界、生産者と消費者が「個」でつながり、「顔の見える」流通が日常的に行われる世界の実現に向けて、農林中金のネットワークを活かした産地紹介など、「つなぐ」役割を発揮していきたいと思います。

農林中央金庫 食農法人営業本部 食農金融部部長(水産担当) 朽木 一彦

JF佐賀げんかい(佐賀玄海漁業協同組合)

代表理事組合長:川嵜 和正
設立:2012年4月
事業内容: 共済・購買・販売・製氷冷凍・加工・利用・漁業自営・指導事業
組合員数: 正組合員470名、准組合員324名(2021年 3月末現在)

株式会社ポケットマルシェ

代表取締役:高橋 博之
設立:2015年2月
事業内容: CtoCプラットフォーム「ポケットマルシェ」の企画・開発・運営、食べもの付き情報誌「東北食べる通信」の企画・運営など

農林中央金庫とは

当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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