特集:農林中央金庫のサステナブル経営

事業活動を通じて農林水産業と地域の持続可能性を確保 農林中央金庫が取り組むサステナブル経営とは?また、2020年5月に取り扱いを開始した「サステナビリティ・リンク・ローン」について紹介する。 食農ビジネス×リテールビジネス×投資ビジネス→環境・社会の課題解決へ 年1回発行の農林中金のサステナブル経営や取り組みをまとめた「サステナビリティ報告書2020」を8月末に発行予定。

 地球規模での環境・社会課題の解決に、企業の役割発揮が期待されている。2017年6月には、金融安定理事会(FSB)によって設立された気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)から、企業・金融機関等に対して気候変動関連リスクや機会に関する情報開示を促す提言が公表された。気候変動等が社会・金融システムを揺るがす喫緊の課題であるという認識のもと、金融機関には、気候変動に関連する機会とリスクに適切に対応し、緩和と適応に貢献する具体的な仕組みづくりが求められている。
 こうしたなか、農林中央金庫(農林中金)においても、事業活動を通じて環境・社会課題を解決すべくサステナブル経営の実践が進められており、2019年4月には総合企画部内に「サステナブル経営室」を新設。取組方針を「気候変動や人権配慮等、環境・社会課題の解決に事業活動を通じて貢献し、農林中央金庫の事業基盤である、農林水産業や地域社会の持続可能性(サステナビリティ)を確保する」と定義し、関連するSDGsの実現等に向けた貢献を目指している。

農林水産業を取り巻くサステナビリティの課題

3つのビジネス領域における
それぞれの事業活動を通じた取り組み

 農林中金は、サステナブル中期目標を5分野14課題で整理しており、その達成に向けた2020年度の重点取組事項として、①農林水産業のサステナビリティ確保、②循環型社会の実現に向けた貢献、③地域コミュニティの発展への貢献、④環境・社会に配慮した投融資(サステナブルファイナンス)、⑤サステナブル経営の実践に向けた組織基盤の構築を掲げている。
 事業活動を通じた取り組みは、食農ビジネス、JAバンク等のリテールビジネス、投資ビジネスという3つのビジネス領域と、それらを支えるコーポレート機能において展開されている。農林中金では、投融資業務に加え、系統組織のネットワークや投融資先とのリレーションを生かしたソリューション提供として、販路の拡大や新ビジネスの創出といった農林水産業者が抱える経営課題の解決を支援してきた。“川上”である生産から食品に関する加工・流通・外食などの産業を経て“川下”である消費に至る「食農バリューチェーン」全体の付加価値を向上させる「食農ビジネス」に取り組み、農林水産業の成長産業化を推進している。そうした「食農ビジネス」を通じて環境・社会課題の解決に貢献する新たな融資商品として、2020年5月、世界的に市場が拡大傾向にある「サステナビリティ・リンク・ローン」の取り扱いを開始した。
 リテールビジネスでは、JAバンクとして地域における再生可能エネルギー発電設備(営農型太陽光発電等)の設置を金融面からサポート。さらに、地域コミュニティの活性化や持続可能性につながる農泊事業においても、農泊ローンの企画などJAグループの一員として力を注ぐ。また、投資ビジネスにおいては、ESGをテーマにした新規投融資2,500億円(2020年度)を目標として掲げ、その一環として、2020年5月には、世界銀行が発行する「サステナブル・ディベロップメント・ボンド」への総額1,400百万米ドルの投資を公表している。

新たな地方創生策と期待される「農泊」は、伝統的な生活体験や地元の人々との交流を楽しむ“農山漁村滞在型旅行”で、JA全農、農協観光等と連携し、全国で基盤づくりが進められている。

ビジネスの推進とリスク管理を両輪に

 「サステナブルな社会の実現に向けたビジネスを推進する一方で、リスク管理も強化しています」と総合企画部サステナブル経営室の伊藤佳代部長代理は話す。2019年10月に「環境方針」「人権方針」を制定し、2020年度にはビジネスパートナーである委託先に対して、人権への配慮状況を契約締結時に確認するプロセスを導入。また、投融資においては、従来のクラスター弾製造セクターへの投融資禁止はもとより、環境問題や人権など社会課題を背景にさらに投融資の制限を強化している。2019年4月の石炭火力発電セクターに続いて、2020年4月にはプランテーション・搾油事業を行うパーム油セクターおよび途上国での違法伐採に関連する森林セクターにおいて、投融資の検討時に顧客の環境・社会課題への対応状況を確認する取組方針を制定した。また、2020年4月には、環境・社会リスクマネジメント(ESRM)態勢を立ち上げ、リスク管理部門と投融資フロント部門が連携し、ESGに関するリスク管理を強化している。

中長期的な視点に立って、
未来像を描きながら施策に取り組む

 農林中金のビジネス=農林水産業の発展に寄与=SDGsというイメージで取り組みをアピールしやすいのではないか?そうした声に対し、伊藤部長代理は「必ずしもそうではないと考えています」と言う。「日本での温室効果ガス排出量は、産業部門由来が最も多く、農林業部門は3~4%といわれる一方で、世界的には全体の1/4が農林業・その他土地利用部門由来というデータもあります。こうした現状や課題をしっかりと認識した上でビジネスを行い、農林水産業と社会の課題解決に取り組んでいきたい」。
 また、2020年3月に開催した外部有識者と農林中金の経営層とのステークホルダーダイアログを通じて、大きな示唆を2つ得たという。「一つは、気候変動が農林水産業にとっても喫緊の課題であると再認識できたこと。もう一つは中長期的視点の重要性です。これまでの当金庫の施策は、農林水産業がこれまで通りの姿で継続する“暗黙の前提”があったように感じます。しかし、2050年に農地がどうなっているのか、外国人労働者等に頼らざるを得ない現状もあるなか、どうやって担い手を確保していくのか。こうした課題を正面から見据え、2030年や2050年の未来像を描いたうえで、今の施策に取り組まなければなりません」と伊藤部長代理。時代の変化をとらえ、農林中金のサステナブル経営は進化を続けていく。

2020年3月開催のステークホルダーダイアログには、全役員が出席し有識者との意見交換を行った。

環境・社会の面から
持続可能な事業活動
および成長を支援
事業活動を通じて社会の課題解決を支援するサステナビリティ・リンク・ローン

 当金庫が2019年度にサステナブル経営を本格始動したことや、世界で「サステナビリティ・リンク・ローン」(SLL)市場が約1,300億ドル超(2019年)へと拡大していること等を背景に、昨年よりSLL創設を検討し、2020年5月から取り扱いを開始しました。同月には第1号案件として、三菱地所株式会社様に対して、115億円のSLLを実行しました。
 本件では、同社の「長期経営計画2030」に基づく目標を踏まえて、CO2排出量(2030年時点の目標:2017年比35%削減)と再生可能電力比率(同目標:25%)を「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット」(SPTs)に設定し、産業部門のCO2排出量削減をサポートします。また、同社からは「CO2削減等の非財務の取り組みが金利に連動することで、ESG関連業務に携わる社員の意識付けにつながる」との評価をいただいています。その一方で、今後の長期的なESG目標を検討するなかで、具体的なCO2排出量の削減等ESGの取り組みに課題を感じている企業も多くいらっしゃいます。そうした企業には、当金庫のネットワークやソリューションの蓄積を通じて具体的な施策をご提案するなど、SLL等の商品がお客さまとのサステナブル経営にかかる対話につながり、事業活動や成長を広く支援する契機になればと考えています。
 当金庫では、役職員全員がそれぞれの立場で農林水産業や地域社会の課題解決に貢献する役割を認識しています。私は、今回のSLLのように時流に即した商品創設に取り組み、“地域社会への貢献”と“収益性”を対立関係にせず統合していくことで、将来的にはJAバンク全体での取り組み、ひいては日本の農林水産業や地域社会の持続力強化につなげたいと考えています。

※サステナビリティ・リンク・ローンとは
環境目的など資金使途を限定せず、融資を受ける企業が経営戦略に基づくサステナビリティ目標を踏まえたサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)を設定し、その達成度合いに応じて金利等の優遇を得ることができる。組成に際しては、ローン・マーケット・アソシエーション(LMA)等が制定したサステナビリティ・リンク・ローン原則への準拠性、目標設定の合理性について第三者意見(第1号案件では株式会社日本格付研究所)を取得する。

農林中央金庫 食農法人営業本部 営業企画部 部長代理 森下 新平
農林中央金庫 食農法人営業本部 営業企画部 部長代理 森下 新平

農林中金担当者の声事業活動を通じてサステナブル経営を実践する

世界の価値観が変化するなかで重要性を増すサステナブル経営

 SDGsやパリ協定を契機に、世界の価値観は急速に変化し、企業が存続するため、そしてサステナブルな環境・社会実現のために、企業は事業活動を通じて貢献するのがスタンダードという時代になりました。かつては、企業がサステナビリティを推進することと収益を上げることは別物、あるいは相反する概念ととらえられがちでした。しかし今、気候変動等の環境・社会課題に対しては、投融資等のビジネスによる対応なくして解決できないという強い危機感があり、金融機関においては、ESG投融資をポートフォリオに組み込むことが当たり前の時代になっています。
 当金庫には、貯金規模100兆円を擁するJAバンクの一員としての顔や、国内外の金融市場で資金運用する機関投資家としての顔があり、ESG投融資においても今後果たすべき役割は、ますます大きくなっていくと認識しています。

中長期的視点から農林中金の存在意義を再定義

 こうしたなか、当金庫ではサステナブル経営の高度化に向けて、自らの存在意義を再定義する議論を進めています。もちろん、当金庫の事業基盤は国内農林水産業にあり、農林水産業と地域の持続可能性を確保することが大切な役割であることは言うまでもありません。しかし、SDGsやパリ協定が示している中長期的視点(2030年、2050年)を踏まえて、30年後の農林水産業や地域がどうなっていくのか。現状と課題をしっかりと認識し、投融資ビジネスにおいて求められる役割も含めて、当金庫の存在意義を見つめ直す必要があると考えています。新型コロナウイルスの感染拡大という新たな問題が発生していますが、そうしたなかでも気候変動は確実に進んでいます。世界では環境負荷の低減を目指す「グリーンリカバリー」が提唱されるなど、刻々と変化するさまざまな社会的な状況を踏まえながら、当金庫の役割を再確認していきます。
 また、JAグループにおいては、2020年5月にJA全中が「JAグループSDGs取組宣言」を公表しています。農林中金として、JAバンクそして系統組織の一員として、私たちの基盤である農林水産業と地域の持続可能性を確保する取り組みを行ってまいります。

農林中央金庫 総合企画部 サステナブル経営室 部長代理 伊藤 佳代
農林中央金庫 総合企画部 サステナブル経営室 部長代理 伊藤 佳代

農林中央金庫とは

 当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
 この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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