ブランド牛が創る循環型経済 “食の都” 氷見への挑戦

各者が力を合わせ、氷見牛のブランド化を促進 氷見牛 ブランド 促進協議会

富山県北西部の氷見市。地元産「氷見牛」のブランド化を軸に、地域内で循環型経済を立ち上げる取り組みが進む。食材の魅力で観光客を呼び込み、使われたお金は地元に還元。牛の糞尿を農家の肥料にし、穫れた米を飼料として活用する。生産者・卸・小売・行政・JAの協力のもと、エコノミーとエコロジーの両面で、ブランド牛を軸とした好循環が始まりつつある。

市民さえ知らなかった “氷見の和牛”

 「氷見牛といっても、氷見市民でさえ知らない時代もあった。自分が肉牛の世界に参入したのは30年前になりますが、当時は全くの素人でした」と振り返るのは市内の舟塚畜産株式会社の代表取締役・舟塚満さん(70)。氷見市内の12戸の農家(2018年12月現在)が育てる「氷見牛」は、今では上位等級(A4ランク以上)が平均で85%を超える黒毛和牛。肉質・鮮度・脂肪交雑の三拍子が揃った逸品で、市外から訪れる「氷見牛」ファンも少なくない。しかし、舟塚さんは「始めた頃は必死に努力しても、品質の良さが市場価格に反映されなかった。生産者は悔しい思いをしてきた」と語る。
 舟塚さんが畜産の道に進んだきっかけは、父親から引き継いだ酪農業。10年以上続けたが「毎日の搾乳や糞尿処理が大仕事。老朽化が進む設備の投資に踏み切れなかった」。一度は廃業を決意したが、「牛から離れるのは寂しい」と思い直し、1988年に40歳で始めたのが和牛の繁殖だった。しかし、乳牛と肉牛とでは生育法が全く違った。最初は飼育した牛が下痢や肺炎を頻発。神戸牛で有名な兵庫県の畜産家を足繁く訪ね、ようやく人を紹介してもらい、対処法を学んで乗り切った。さらに、牛の体は大きくできても、皮下脂肪ばかり増えて美味しくならない。どうしたら高く買ってもらえる肉質になるのか、飼料のやり方など試行錯誤の連続だった。仔牛の価格が安かったオイルショック後の1980年代は、氷見市内で畜産を始める農家も多かったものの、みな同じような状況だったという。

1人だけ技術が高くても、生産地全体の評価にはつながらない

 こうしたなか、畜産農家の技術向上のため、JA氷見市と氷見市役所が始めたのは、他県の農家への研修や、研究所等からの講習会だった。良質な肉に必要なビタミンや分子構造など、専門的な解説は畜産農家にとって大きなヒントになった。やがて、豊かな自然のなかで牛にストレスを与えない適正な飼育密度や、自家生産の優良な粗飼料の与え方など、“氷見市の牛”ならではの熟練の肥育技術が確立されていった。
 「生産者が1人で頑張っても情報は収集できない。また、1人だけ技術が高くても生産地全体の評価にはつながらない。氷見市では、生産者・JA・行政の協力のもと、地域の生産者全体で向上を図ってきた」と舟塚さん。いつしか、“氷見市の和牛”はA4-A5ランクの評価を得るようになっていく。1995年からは「氷見牛」の名前で出荷。ついには県内最高価格で取引されるようになった。
 「しかし、上昇基調だった価格もやがて頭打ちに。2000年には BSE 問題による風評被害が全国の畜産農家を直撃する。対処する司令塔の必要性から設立されたのが、氷見牛ブランド促進協議会だった。

舟塚畜産株式会社 舟塚 満 代表取締役
舟塚畜産株式会社 舟塚 満 代表取締役
繁殖・肥育一貫経営の舟塚畜産株式会社では、家族で繁殖部 門・育成部門・肥育部門・堆肥部門を担当する分業体制をとっている。舟塚畜産株式会社の現在の経営規模は、繁殖牛100頭、肥育牛140頭。

生産者・
小売業者の声

オリジナルメニューを開発。リピーターの口コミから「氷見牛」のおいしさが広がる

氷見牛 焼肉 田中

 約45年前から、氷見市内の畜産農家として牛に携わってきました。「氷見牛」の繁殖・肥育を行いながら、市内に店舗「たなか」を開店したのは2002年です。国内では2000年にBSEが社会問題となった厳しい時期でした。氷見牛ブランド促進協議会の設立にも携わりながら、自ら専門店を立ち上げました。
 開店時は、氷見市内でも「氷見牛」を知らない人が多かった。コロッケやメンチカツをはじめ、魚の昆布締めにヒントを得たローストビーフの昆布締めなどオリジナルメニューを開発。県外企業と連携して氷見牛カレーなど6次産業化にも取り組み、マスコミに取り上げていただきました。やがて、リピーターの皆さんの口コミで、「氷見牛」のおいしさが市内外に広がっていきました。現在、週末に来店して下さる150 ~ 160人のうち、約7割が市外からのお客様です。また、地元でも贈答品として認められるほど、「氷見牛」は認知されるようになりました。
 「氷見牛」の特徴は、Aランクの霜降りなのに脂っぽくないこと。オレイン酸を比較的多く含むため、しつこくなく柔らかい味です。これは、湧水に恵まれ、牛へのストレスが少ない中山間地の生育環境と、飼料など畜産農家が磨いてきた生産技術によるものです。
 ここまで「氷見牛」の認知度を上げることができたのは、生産者、卸小売業者に加えて、JA、行政との連携があったからこそ。この連携の良さは、他地域からも羨ましがられるほどです。「氷見牛」ブランドをさらに高めていくためには、頭数と生産量の増加とともに、次世代の担い手づくりが課題です。これからも地域の関係者と連携し、知恵を出し合っていきたいと思います。

有限会社たなか 田中 賢治 代表
有限会社たなか 田中 賢治 代表
「氷見牛」とは?氷見市内で12カ月以上肥育され、最長・最終の飼養地を氷見市とする黒毛和種の牛で、公益社団法人日本食肉格付協会が定める牛枝肉取引規格により、肉質等級が3等級以上の牛肉をいう。特に特選和牛「氷見牛」は「脂肪交雑」「肉の色沢」「肉のしまりときめ」「脂肪の色沢と質」を評価する歩留まり等級と、肉質等級の判定基準で「A4」以上の高い評価を基準とする。霜降り度合いを示すBM(Sビーフ・マーブリング・スタンダード)でも7以上の高品質を誇る。
「氷見牛」は柔らかく、サシが入っていても脂っぽくないのが特長 お客様の喜ぶ声が何より嬉しいと話す田中社長

真剣勝負の相手とともに、協議会を推進

 2004年に設立された氷見牛ブランド促進協議会。その特長は、生産者、市役所、JA、市内の卸小売業者など、地域の関係者が全員参加していること。真剣勝負で価格交渉を行ってきた生産者と卸小売業者が会合に同席し、発足当初はよそよそしい雰囲気だったという。「時間をかけるなかで、ようやく腹を割った話ができるようになってきた」と舟塚さん。協議会の意義について、「生産者は育てた牛をセリ市に出すだけで、消費者に届けるノウハウが全くなかった。協議会の活動を通じて市場ニーズに対応し、品質や味、安全性などを打ち出せるようになった」と語る。
 協議会では、「氷見牛」を使った親子料理教室、農業祭や「氷見牛フェスタ」など各種PRイベントを開催。地域企業に交渉し、国道160号沿いの倉庫壁面にも大きな「氷見牛」の絵を製作した。当時の氷見市畜産組合肉牛部会の会長は、「氷見牛」専門店を開店(P.4コラム参照)。一連の活動を通じて、「氷見牛」の名前は徐々に市内・市外に浸透していく。
 その頃、国内では食の安全が重視され、食品偽装が社会問題として取り沙汰されるようになっていた。これを受けて協議会では、交雑種を含まない黒毛和牛への限定など「氷見牛」の定義の厳格化にも取り組み始める。
 また、「氷見牛」ブランド管理の厳格化に向けて、地域団体商標の登録を目指すことも決定。申請のため、県外に向けたPR活動に関するリサーチを行ったのは、現・氷見市農林畜産課農業振興総括担当の高野弘文課長補佐だった。商標登録の鍵は、「氷見牛」の認知の浸透状況だったと、高野課長補佐は振り返る。東京・日本橋の富山県アンテナショップで、他産地の和牛と食べ比べのイベントに参加。こうした取り組みの甲斐もあり、2018年10月に「氷見牛」は地域団体商標登録を取得する。着実に広がってきた「氷見牛」ブランド。しかし、その過程で畜産農家は難題に直面することになった。2011年の東日本大震災以降に起きた仔牛価格の急激な高騰である。

氷見市 建設農林水産部 農林畜産課 高野 弘文課長補佐
氷見市 建設農林水産部 農林畜産課 高野 弘文課長補佐

仔牛の価格が2倍に。「氷見牛資金」で生産者を支える

 「1頭あたり40 ~ 50万円だった仔牛の価格は今や2倍。購入資金が倍となれば買い控えが起き、結果として全国的に和牛の頭数が減少します。氷見市管内の出荷頭数も2013年頃から徐々に減り300頭を切りました」と話すのはJA氷見市営農経済部垣内崇博次長。子どもの頃は「氷見牛」を知らなかった垣内次長だが、今は「氷見牛」の生産者を支えるために闘う。仔牛価格の高騰は、牛の繁殖が盛んな福島県の被災の影響とも言われ、現在も続く。生産者の所得向上と担い手を増やすため、JAと氷見市が強化したのが、生産者への資金面のサポートだった。
 JA氷見市が立ち上げた「氷見牛資金」は、JAグループの利子助成に、JA氷見市独自の助成を加えた低金利の融資制度だ。仔牛を現金で購入する慣習がある畜産農家のため、仔牛購入時に融資し、育てた牛の販売時に返金するシンプルな制度設計となっている。JA氷見市融資課の森本達也係長は「生産者が迷っている時に背中を押す支援となれば」とその狙いを語る。
 氷見市も担い手をサポートするため、仔牛の購入時に1.5 ~ 3万円を助成。さらに氷見市とJAでは、耕作放棄地となった水田農家への助成を通じて、繁殖牛の放牧を共同で推進し、畜産農家の飼料代を支援している。JA氷見市の子会社である株式会社JAアグリひみも、乾燥施設の設置を行い、畜産農家にとって処理の負担が大きい牛糞尿を、乾燥堆肥にして農家に販売。稲作地帯ならではの循環型農業を実現しながら、多角的な支援を行っている。

JA 氷見市 営農経済部 営農販売課 垣内 崇博次長
JA 氷見市 営農経済部 営農販売課 垣内 崇博次長
JA 氷見市 金融共済部 融資課 森本 達也係長
JA 氷見市 金融共済部 融資課 森本 達也係長

地元のハレの日の一品から、“食の都”氷見の観光資源へ

 2020年の東京オリンピック・パラリンピック。観光客の増加により、和牛にはさらなる需要拡大が予想される。「『氷見牛』は重要な観光資源です」と話すのは、氷見市の高野弘文課長補佐。「氷見市は魚が特産物ですが、漁獲量が不安定な年もあれば、魚が苦手な方もいます。『氷見牛』も戦略食材として活用することで、国内外の観光客に氷見市をアピールしたい」と期待する。
 現在の「氷見牛」の最大の課題は、頭数・生産 量・担い手を増やすこと。「味の自信もあるし、地域商標登録も取得した。ブランドを広げるために、この後に必要なのは生産量です」とJA氷見市の垣内次長。2020年を見据え、何度も生産者に集まってもらい、仔牛の購入を後押ししてきた。生産量が限られるなか、まずは氷見を訪れる観光客から「氷見牛」ブランドを広げていくことを目指す。
 生産現場はここ数年、世代交代を迎えつつある。畜産業は場所や施設が限られ、常に肥育する牛に目を配る必要がある。就農者を増やすのは容易でない。それでもブランド化の推進が功を奏し、最近も新しく若者が就農を決めた。
 30年前に1人で牛の繁殖を始めた舟塚さん。現在は、家畜人工受精師の資格を持つ長男の有克さん(42)、次男の壮克さん(37)とともに、家族5人で繁殖牛100頭、肥育牛140頭を飼養する。ブランド化が進む「氷見牛」だが、舟塚さんは「ようやく芽が出たばかり。実らせるのはこれから」と表情を引き締める。「『氷見牛』を通じた地域活性化のため、まず必要なのは生産技術を次世代に伝えること。新しい担い手を育てるには、一定期間の生活への支援も必要になる。生産者だけでなく、JAや行政の役割も重要です」と話す。その言葉を受けて、垣内次長も「生産者への支援によって、若い担い手が畜産をやりたい、やってよかったと思える未来を創りたい」と応える。
 「地元で『氷見牛』はハレの日の一品として、定着してきました。これから、もっと観光客が味わえる機会を提供し、氷見市といえば誰もが知る“食の都”、“魚と『氷見牛』の街” と知らしめたい」と垣内次長は地域活性化への夢を語る。地域で手を携えて育ててきた「氷見牛」ブランド。一歩一歩、未来を見据えた着実な取り組みが始まっている。

第4回氷見牛フェスティバル 氷見の食文化を楽しむイベント「ひみ食彩まつり」では、氷見牛串焼きがふるまわれた。

営農・金融の両面から「氷見牛」
ブランドを支援するJA氷見市

「氷見牛」の地産地消を通じて
地域内の資金循環を実現

 当JA管内の富山県氷見市は、平たん地、砂地、中山間地など、土地条件が多様な地域です。この地で、古くから農家の皆さんは地域特性に応じた農畜産業に取り組んできました。現在の管内では、基幹作物である水稲(コシヒカリ)をはじめ、ハトムギ、白ネギ、タケノコ、リンゴ、ミカンなど多品目の農産物を生産。中山間地で12戸の専業農家が「氷見牛」の繁殖・肥育を行っています。
 当JAは農業・集落・農地の維持・振興をテーマに掲げ、その一環として、主食用の米以外にハトムギ、飼料作物、飼料用米、WCS(稲発酵粗飼料)などによる“水田フル活用”を推進しています。同時に、当JAの出資農業生産法人である株式会社JAアグリひみが「氷見牛」を飼養。堆肥事業として地域の水田に牛糞尿を還元したり、耕作放棄地に牛を放牧したりすることで、地域特性を活かした耕畜連携、循環型の農業体系の確立を図っています。
 近年、仔牛の価格は1頭約40万円台から80万円台に高騰し、100頭規模の生産者の場合、購入金額は8,000万円となり、かつてと比べておよそ4,000万円の資金増となりました。また、繁殖牛の導入による一貫生産の整備も必要となり、これらに対応するべく、「氷見牛資金」を創設しました。全国に先駆けて導入したこの資金は、低金利で仔牛の購入資金を支援するものです。常日頃から当JAが農家と直接対話を続けるなかで、現場ニーズに即した金融支援が生まれたと自負しています。今後は「氷見牛」の若い担い手に対して、資金とソフトの両面からの支援に力を注ぎたいと考えています。
 「氷見牛」については、氷見牛ブランド促進協議会の設立時から、当JAの常務が会長を務め、生産者、行政、卸、小売、そして調理師等に参加していただき、地産地消・地域経済循環の拡大を目指してきました。
 今後も、当JAは地域の農業に貢献する志を持って、地域の活性化に向けて取り組んでいきます。目の前の課題を一つずつ解決すべく、農畜産家の皆さんと向き合い、連携して歩んでいきます。

 JA氷見市 伊藤 宣良代表理事組合長
JA氷見市 伊藤 宣良代表理事組合長
氷見市農業協同組合(JA氷見市)
代表理事組合長:伊藤 宣良
設立:1966年1月
組合員数:10,752人
住所:〒935-0023 富山県氷見市朝日丘2-32
Tel:0766-74-8821(本所)
URL:http://www.himi.ja-toyama.jp
※2018年12月31日現在
氷見市農業協同組合(JA氷見市)

pagetop