特集:スマート農業で国内随一シシトウ産地の維持・拡大へ

スマート農業で、国内随一シシトウ産地の維持・拡大へ 2020年11月、四国電力株式会社(四国電力)と農林中央金庫(農林中金)が、高知県南国市に農業法人Aitosa(アイトサ)株式会社を設立した。電力会社が地元農業に参入する狙いとは何か。現地からレポートする。 Aitosa 株式会社・武田 博文 代表取締役社長(右)と菊池 功一 ファームマネージャー(左)、高知県立農業担い手育成センター内のシシトウハウスにて。

 高知県産のシシトウは、出荷量で国内のトップシェア40%を誇る(2018年度)。切らずにそのまま食べられるシシトウは、焼き物・揚げ物・炒め物・煮物など幅広い料理に利用できるため、業務用として需要が安定している一方、高齢化による離農や転作の影響で、全国的に生産量・作付面積が減少している。それに拍車をかけるのが、シシトウならではの労働負荷の大きさだ。
 そんななか、四国電力は2018年に農業生産法人の子会社を設立するなど、地元・四国の基幹産業である農業の活性化に貢献すべく農業生産事業に取り組んできた。その2例目として、前述した生産課題の解決に向け、高知県のシシトウ生産への参入を決断。2020年11月の子会社設立に先駆けた2020年10月、四国電力は、高知県-南国市-JA高知県との間で企業進出協定を締結。オール高知県で産地の課題に取り組むための体制が整備された。

高知県産のシシトウ
高知県産のシシトウ

農業こそ四国の基幹産業
地域との共生を目指して農業へ参入

 「四国電力が農業という新たな事業領域に乗り出すきっかけの一つになったのが電力自由化でした」とAitosa株式会社・武田博文代表取締役社長(四国電力の新規事業部(アグリビジネス担当)と兼職)は明かす。四国電力は2016年に電力の小売りが完全自由化された以前から、企業理念「地域と共に生き、地域と共に歩み、地域と共に栄える」のもと、人々の暮らしと四国のあらゆる産業の発展に貢献することを目指していた。武田社長自身、四国電力のグループ会社出向時に、高知市での有料老人ホームの立ち上げに関わってきたキャリアがある。
 また、農業関連では、子会社の株式会社四国総合研究所が栽培環境モニタリングシステムを開発するなど、生産者の課題解決につながる製品を開発。2018年には、香川県でイチゴを生産する「あぐりぼん株式会社」を設立し、農業生産にも本格参入している。「なぜ四国電力が農業に取り組むのかという議論を社内で重ねてきました。農業への参入を後押ししたのは、他地域と比べて少子高齢化や人口減少が進む四国の現状を踏まえ、四国の基幹産業である農業の活性化に貢献したい、という経営陣以下の強い思いでした」と武田社長。
 「農業の課題解決に向けて地域との連携を模索するなか、高知県が農業振興のためにIoP(Internet of Plants)プロジェクトと企業連携を推進していたことをはじめ、シシトウ収穫時の労働負荷といった課題を産地の皆さんから共有いただけたこと、南国市の土地整備事業を通じて圃場の確保を支援いただけたことなど、さまざまな要素がつながり、このたびのAitosa設立が実現しました」。

※ これまでの環境制御技術に最先端のデジタル技術を融合し、さらに生産力を高めるNext次世代型施設園芸農業への進化により「施設園芸農業の飛躍的発展」と「施設園芸関連産業群の創出」を目指す産学官の連携プロジェクト。

ゼロから農業のいろはを学び、
栽培実験、省力化ロボ試作に取り組む

 Aitosaでは2021年2月から第1号棟の栽培ハウス(約3,700㎡)の建設に着工、2021年8月にはシシトウの栽培開始を予定している。それに向けて、同社のファームマネージャー・菊池功一さんは、2020年6月から2021年7月まで高知県立農業担い手育成センターで研修を受ける。同センターは、主に新たに農業を始める方等を対象にした研修施設であると同時に、環境制御技術等の先端技術の実証施設としての機能を併せ持つ。これまで農業とは無縁だった菊池さん。「栽培技術のいろはから農業経営まで広く学んでいます。培地作りや苗の定植から始まり、作期を通してシシトウを実際に栽培することで、失敗も含めて多くのことを経験できる貴重な時間です」。
 Aitosaは目下の課題として、労働負荷が大きい農薬散布と収穫作業の省力化、ハウス内の環境データや植物の生態データに基づく効率的な栽培方法の確立を挙げている。その一環として、同社は規模拡大や自動化に向いている養液栽培(土を使わずに植物の生長に必要な養水分を液体肥料として与える栽培方法)に取り組んでいる。「本センターが我々の実証施設として、従来のシシトウの土耕栽培施設にプラスして、新たに養液栽培用の施設を準備してくれました。とりわけ不安の大きかった養液栽培について、基礎知識や栽培技術が学べ、本当にありがたいです」と菊池さん。
 また、Aitosaは自動走行ロボットFARBOT™を提供する銀座農園株式会社とも連携。農薬散布の自動化システムの開発を2021年6月をめどに共同で取り組んでいる。シシトウの実と葉は色による識別が難しい等、収穫の自動化へのハードルは高いが、「否定だけでは道は開けない、チャレンジする価値はあると思います。課題を一つひとつクリアしていくため、まずはAIによる画像認識用に画像データを蓄積していきます」と菊池さんは揺るぎない。
 一方、菊池さんが研修を受けている高知県立農業担い手育成センターの森浩昭所長。「シシトウは比較的小さい面積でも経営が可能であるため、当センターを修了した新規就農者が作目として選ぶ割合も高い状況です。しかし、個人での就農は小規模経営となることが多いため、Aitosaが行うような大規模経営の事例は珍しく、雇用にもつながるのでは。これによって少しでも産地の人口減少に歯止めがかかれば」と期待を口にする。

高知県立農業担い手育成センター 森 浩昭 所長
高知県立農業担い手育成センター 森 浩昭 所長

新たな出会いが“協同の力”を生み、
地域の農業を活性化する源泉に

 Aitosaはシシトウの収穫後、JA高知県に全量出荷する予定だ。JA高知県の南国営農経済センター・福留修三部長はAitosaへの期待とともに、「JAのきめ細かなサポートが重要になる」と強調する。「Aitosaさんがシシトウの生産部会へ加入するに当たっては率直な意見交換をしました。例えば、養液栽培での品質管理や、大規模生産を行う場合の生産現場、出荷場における選果選別作業に係る労働力確保を含めた負荷の大きさなどについてです。
 そうした懸念はありながら、高知県の産業振興計画の一環であることや、シシトウ生産部会としても栽培面積の維持・拡大が高い市場占有率と価格の保持につながるといった意見が出たことで、産地へのそれぞれの思いが集約され、組織の一員として共に進んでいこうと決まりました」。
 業務用消費が主となる高知県産のシシトウだが、2020年はコロナ禍で居酒屋などの時短営業の影響もあり、量販店向けにパック詰めの数量を変更するといった対応を余儀なくされた。今後はさらなるシシトウの付加価値化̶̶例えば、レシピの紹介や環境制御技術による栽培を消費者にPRすることも必要だ。「課題をAitosaさんと共有して、ともに解決していきたいという地元生産者の声もあります。先日も生産部会の皆さんと武田社長が一緒に選果選別している出荷場内を視察しました」と話す福留部長。「日本の食の自給を守るために、地元の役員さんとAitosaさんの志が一つになって地域を活性化する。これこそまさに“協同の力”です。JAグループは、営農と販売はもちろん、皆さんが“協同の力”を発揮できるよう縁の下の力持ちとして、潤滑油のような役割も果たしていきたい」と語気を強める。
 こうした地元の期待に応えるべく、「まずは何といっても良いシシトウを安定して作ること。地域の生産部会の皆さまやJAさんに安心していただけるシシトウを作ることが第一の目標」と言う菊池さんに対して、「人員確保が最大の課題。また農業経営のスマート化も目指し、労務管理や経理業務の省力化に向けて準備を進めています」と武田社長。来る2021年、高知県での新たなチャレンジが始まる。

JA高知県南国営農経済センター 福留 修三 部長
JA高知県南国営農経済センター 福留 修三 部長
(左から)スマート農業技術の研究開発パートナー・銀座農園(株)が開発中のアグリEVロボット「新型FARBOT」、(株)四国総合研究所が開発した栽培環境モニタリングシステム「ハッピィ・マインダー」の表示画面。
(左から)スマート農業技術の研究開発パートナー・銀座農園(株)が開発中のアグリEVロボット「新型FARBOT」、(株)四国総合研究所が開発した栽培環境モニタリングシステム「ハッピィ・マインダー」の表示画面。

農林中金担当者の声新しい農業の担い手を地域につなぎ、地元に連携を

当金庫のネットワークでスマート農業を支援
 当金庫はJAグループの一員として、出資という形で支援させていただきました。農業の担い手不足といった慢性的な課題があるなか、四国電力さんのような大企業の参入によって、全国的に農業への関心が集まることは、とても大きな意味があります。今後も企業が農業分野への参入を検討する際に、当金庫が農業分野への橋渡し役となれるよう、金融機関として全力で取り組んでまいります。
 また、Aitosaさんのスマート農業推進に向けて、「アグベンチャーラボ」や農業関連資材を扱う一般事業法人など当金庫のネットワークのご紹介をはじめ、先行事例の情報提供など、より一層サポートしていきたいと思います。

オール高知県でスムーズな連携をサポート
 近年、JAそして生産者の皆さんは、どのように農産物を情報発信するか・付加価値化していくかといった課題認識をお持ちだと思います。このたび、Aitosaさんの参入による新たな取り組みやデータの蓄積・活用が高知県の地域活性化に資するべく、Aitosa-高知県-JA高知県、さらには生産者の皆さんがスムーズに連携できるよう、農林中金もプロジェクトメンバーの一員として、仲介役としての役割を適切に果たしてまいります。

農林中央金庫 高松支店 高知県担当部長 平瀬 大輔(左) 四国営業部主任 秦 雅生(右)
農林中央金庫 高松支店
高知県担当部長 平瀬 大輔(左)
四国営業部主任 秦 雅生(右)

農業に関わる全ての人たちを
笑顔にしたい
Aitosa株式会社
武田 博文 代表取締役社長

 当社の親会社・四国電力の農業参入には、地元・四国における少子高齢化や人口減少が、他地域に比べて進んでいるという背景があります。四国の基幹産業=農業において、社会課題の解決につながる取り組みがしたい。地域を活性化してみんなを元気にしたい――こうした思いが全ての源泉にあります。
 今般の当社設立に至るまでには、高知県・南国市・JA高知県・地元生産者部会など、多くの皆さまからご支援があり、心より感謝を申し上げます。今後は、2021年の栽培開始に向けてしっかりと準備を進め、当社が掲げる①地元の主要産品である「シシトウ生産事業」と生産作業の効率化に資する研究開発・導入、②シシトウの「最適栽培技術」の確立に取り組んでいきます。
 またJAグループは、全国ネットワークをはじめ、さまざまなリソースがあります。地域の農業の課題解決と新しい農業の創造に向けて、引き続き、農林中金を含むJAグループの知見やネットワークを活用させていただければと思っています。


社名には、3つの“アイ”が込められています。
「愛」地域(土佐)・農業・自然・人への愛
「I」自分、一人ひとりの個性を大切にする心
「AI」課題解決に向けた新しい力・技術力

 農業経験の浅い私どもにとって、全てがチャレンジとなります。これからも皆さんの力を借りながら、将来的には地域活性化に寄与することで、「Aitosaが高知県、南国市に来てくれて良かった」というお声を一つでも多くいただけるよう、農業に関わる全ての人たちが笑顔になれるよう、ともに課題を解決すべく、日々精進してまいります。

Aitosa株式会社(農業法人)
代表取締役社長:武田 博文
設立:2020年11月
資本金:2,500万円(〔出資比率〕四国電力(株):95%、農林中金:5%)
運営体制:取締役2名、社員数名、パート従業員25名程度を予定
住所:〒783-0063 高知県南国市植田1825番地
電話:050-8801-3980
事業内容:スマート農業技術の研究開発、農産物の生産・加工・販売など
URL:https://www.aitosa.com/
生産施設 施設面積 1号棟:約3,700㎡(うち栽培面積は約3,000㎡)(2021年8月生産開始予定) 2号棟:約4,000㎡(2023年8月同上)栽培方法 養液栽培 今後のスケジュール(2021年)

農林中央金庫とは

 当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
 この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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