理事長メッセージ

反省を受け止め、教訓を糧に原点に立ち返り、
次の100年を築く新たな強みを

2024年度決算によって見えてきた反省点と未来への教訓

写真:北林 太郎

 このたびの2024年度決算において、当金庫は連結で1.8兆円に及ぶ純損失を計上しました。100年を超える当金庫の歴史のなかで最大の損失額であり、私たちの先輩方が会員のみなさまとともに着実に積み上げてきた内部留保を、結果的に毀損する形となりました。会員をはじめとするステークホルダーのみなさまには多大なるご心配とご迷惑をおかけしたことに対し、深くお詫び申しあげます。当金庫にお寄せいただいた信頼と期待にお応えできなかったことは忸怩たる思いであり、経営のトップとして深く反省し、責任を重く受け止めています。

 このような状況にもかかわらず、会員のみなさまからは1.4兆円規模の資本増強にご協力をいただきました。このご支援は、当金庫の再出発を力強く後押ししていただくものであり、私どもにとって大きな支えとなりました。そのご厚意とお寄せくださった激励のお気持ちに対して、心より感謝申しあげると同時に、二度とそのお気持ちに背くことがあってはならないとの決意を新たにしています。

 当金庫は1990年代後半から国際分散投資を推進し、リスクをヘッジしながら安定的に利益を上げる資産運用モデルを構築してきました。一方で、こうした国際分散投資を掲げつつも、長引く低金利環境から投資対象が債券にやや偏重し、かつ特定地域の割合も大きくなっていたことが今回の損失の要因です。そして、当金庫はこれまでも外部環境の大きな変化に幾度となく直面してきましたが、「その都度乗り切ってきた」という成功体験もあり、一種の正常性バイアスに陥っていたことも否めません。

 また、当金庫は職員の離職率が比較的低く、組織の安定性に優れている一方、異なる視点や外部の意見を取り入れる態勢が十分に整っていたとは言い切れない状況もあったと感じています。改めて、多様な視点からリスクを指摘できるような組織としての仕組みも必要だったと痛感しています。

 こうした様々な反省を真摯に受け止め、資産の商品的・地域的な分散をより徹底していくことに加えて、経営判断において適切な牽制と多様な視点を取り入れるためのガバナンス体制の強化を進め、具体的には財務・リスク・投資執行の3要素が適切な牽制をきかせつつ、それぞれが独立性をもって機動的に意思決定できる体制を構築しています。また、財務戦略を議論する会議(財務戦略委員会)では外部識見者をオブザーバーに迎え入れ、客観的かつ専門的な意見を積極的に財務運営へ取り込むことを始めています。

 リスクとは制度や指標だけで測れるものではなく、「このままで本当に大丈夫なのか」という現場の違和感や直感こそが重要――今回の教訓を受けて、そうした声をしっかりと拾い上げられる柔軟な組織づくりこそ、当金庫に必要とされる要素だと考えています。

 今回、損失計上という大きな代償を払うことになりましたが、採算性が低くなった債券などの低利回り資産を2024年度中に売却し、今後の収支にマイナスの影響を及ぼす可能性のある資産を一掃できたとも捉えています。2025年度は、会員のみなさまからいただいた資本も活用しながら幅広い資産への投融資を行い、収益の分散化を進めることで、300~700億円の黒字回復を見通しています。また、2026年度以降も安定的な黒字に向けた財務運営を実践してまいる所存です。

信頼の回復と「稼ぐ力」の再構築
新理事長としての決意

写真:北林 太郎

 今回の決算を受けて、私が新理事長として最初に掲げる目標は、ステークホルダーのみなさまからの信頼を一歩ずつ取り戻していくことにあります。

 その第一歩は、やはり「稼ぐ力」の再構築です。収益性と健全性を両立させながら会員のみなさまへの還元に取り組む――このために、確かな足取りで持続可能な経営基盤を築き直すことが重要です。安定的な収益を確保できなければ、会員のみなさま、そして何より国民生活を支える農林水産業に従事するみなさまへの支援を継続することはできません。適切なリスクテイクを前提に、堅実に利益を出せる構造へと事業のあり方を見直していくことが今の当金庫に求められています。

 ただ、ここで言う「稼ぐ力」とは、単なる利益至上主義を示すものではありません。短期的な収益目標に偏りすぎることなく、将来にわたり安定的に稼ぐ姿勢が求められます。不確実性の高まりから先行きを見通し難い経営環境にあり、これからも山もあれば谷もあると思います。そうしたなかで、少しでも高い山に固執するよりも、より着実かつ継続的にステークホルダーのみなさまの期待に応え続ける判断が重要だと考えています。市場環境に合わせて、「その瞬間に一番儲かる、一番効率的で合理的な選択」ばかりをするのではなく、「本来じっくりと手間をかけなければならない選択」もしつつ、どのような時でも安定的に成果を出し、「利益のなだらかな積上げ」ができる体制づくりを目指してまいります。

 前述した投資対象の分散化はまずもって必要なことですが、こうした体制・考えを内部に根付かせるために、当金庫では組織の評価指標の見直しを視野に入れています。個人や部門の目先の収益目標およびその達成度だけではなく、社会的意義や中長期的な価値創出をどれだけ実現できたかを評価するような枠組みへと転換していく考えです。

 同時に、忘れてはならないのが農林中央金庫の原点です。それは「農林水産業の持続可能な発展に貢献すること」で、これこそが当金庫の設立目的であり、存在意義そのものです。後述しますが、農林水産業を取り巻く環境は日々深刻さを増しています。こうしたなかで、金融の力で現場を支え、未来を切り開くという役割を今一度、組織全体で再認識しなければなりません。

 私はこの4月に理事長に就任して「農林中央金庫で働くとはどういうことか」を改めて見つめ直しました。単なる金融のプロフェッショナルであるだけでなく、日本の農林水産業に情熱を持ち、地域社会の持続性に心を寄せる――そんな組織であることを誇りに思えるよう、全役職員で改革の歩みを進めてまいります。

農林水産業の持続的発展に向けて
所得向上へのアプローチ

 現在、日本の農林水産業は、非常に困難な局面にあります。高齢化や人口減少により現場の担い手は減り、農地や漁場の維持が難しくなっています。そうしたなか、世界的なインフレやそれに伴う資材価格の高騰が追い打ちをかけ、そして気候変動による不作や自然災害などの発生頻度も年々高まっています。これらが複合的に絡み合い、農林水産業者の所得が向上しにくいという問題は構造的とさえ言えるでしょう。このような現実のなかで、当金庫に求められるのは、金融支援の枠を超えた、生産現場への実効性のあるコンサルティング機能の発揮であると考えています。これは単なる融資や投資にとどまらず、農林水産業者の事業価値を高めるための包括的な支援です。現在、当金庫を含むJAバンクを中心にコンサルティングの実績を積み上げており、直近4年間で実施件数が1,000件を突破しています。また提案したソリューションによる所得向上効果も一定程度確認できています。2030年度までにはこのコンサルティングの取組みを3,000件まで拡大することを目標に掲げたうえで、農業者のみなさまへ提供するソリューションの更なる高度化に挑戦してまいります。

 また、ITを活用した経営の高度化や事業承継に向けたアドバイザリー、マーケティング支援、そして販路拡大を見据えたパートナーの紹介など、現場からは多面的なサポートが求められており、また私たちもその必要性を強く感じています。さらには環境課題への対応とも連動したクレジット化など、新たな取組みへの支援ニーズの声も聞こえています。当金庫として、こうした分野に一層踏み込んだ対応を進めていく所存です。

 また、所得向上へのアプローチとして、もう一つ重視しているのが「食農バリューチェーンの構築・強化」です。これは、生産・加工・流通・消費までの一連の流れを一体で捉え、川上の農林水産業者と、川中の加工・流通、そして川下の小売りや消費者、輸出等をそれぞれ結びつけることで、新たな価値を生み出す取組みです。川上・川中・川下それぞれを部分的に捉えると解決が難しいとされる課題でも、バリューチェーン全体を俯瞰したアプローチによって解決の糸口を見つけられる――そうした考えに立っています。バリューチェーンにおいて農林水産業者の努力が正当に評価され、適正な価格で取引されることで、初めて所得の向上に繋がります。こうした好循環を生み出すために、当金庫はバリューチェーン全体、そして国内外に多様なネットワークを有する強みを活かして、成長資金などの資金供給はもとより、輸出支援を含むマッチングの場の創出まで、包括的なサポートを行っています。

 ただし、現時点では、当金庫の取組みが現場にどれだけ届いているのか、どれほどのインパクトを与えられているのかという問いに対して、胸を張って「十分だ」と言える状態ではありません。「やっていることが対外的に伝わっていない」「まだまだメッセージが弱い」といった内外の声もあります。こうした指摘を真摯に受け止め、当金庫が何を目指し、何を実行し、どのような変化を生み出そうとしているのかを、より明確に発信していく必要があると強く感じています。

 全国の系統組織との役割分担の明確化も重要なテーマです。地域ごとのJA・JF・JForest、都道府県段階の連合会、そして当金庫を含む全国段階の連合会等が、それぞれの立場でどう連携し合うかを整理し直し、「農林水産業の持続可能性を高める」という共通目標のもとで、最も効果的な動き方を再構築していかねばなりません。そのためには当金庫が1から10まですべてを担うのではなく「全国組織である農林中央金庫だからこそできること」にしっかりと向き合い、各系統組織との最適な役割分担を行うことが、結果として農林水産業の底上げに繋がると信じています。

 食の安定供給は国の安全保障の根幹です。人々が生きるということは、食べ物を食べるということであり、さらにそれは“いのち”を次世代に繋ぐためだといえます。また、国土の保全、地域の雇用、文化の継承など、農林水産業が持つ価値には、単なる経済指標には表れないものが多くあります。その営みを支えるために、当金庫はこれからも現場と歩調を合わせて寄り添い、持続可能な日本の未来をともに描く存在であり続けたいと考えています。

2030年に向けた中期ビジョンが目指す
私たちが社会の中で果たす役割とは

 当金庫は「2030年のありたい姿」を定めた中期ビジョン「Nochu Vision 2030」を策定し、その実現に向けた取組みを進めています。掲げている5つのテーマは、当金庫が社会の中でどのような役割を果たしていくのかという未来への行動指針であり、ひいては私たちのパーパスの実現・発揮に繋げていくものです。

 まず1つ目は、「地球環境・社会・経済へのインパクト創出」です。農林水産業そのものが持続可能であることに加えて、“産業”としても持続可能であることが重要です。そのためには、脱炭素や生物多様性の保全などの環境課題、そして人権などの社会課題への対応も必要となってきます。こうした認識のもと、当金庫としてもネガティブなインパクトの低減とポジティブなインパクトの創出に向けた積極的な取組みを進めています。

 2つ目は、「農林水産業・地域の持続的な発展」です。これは前述した取組みを核として、農林水産業者のみなさまへの支援を加速させてまいります。さらに、イノベーション企業への投資なども通じて、農林水産業の現場のDX促進を図ることも目指してまいります。この2つ目のテーマは当金庫の存在意義にも繋がる最も本質的で普遍的な取組みといえます。

 3つ目に掲げる「デジタルとリアルの最適融合による組合員・利用者への価値創造」は、主にJAバンク・JFマリンバンクでの取組みです。JA・JFは組合員・利用者のみなさまとの距離の近さ、すなわちリアル接点に強みがあります。貸出業務をはじめ、金融仲介機能を発揮する観点から、このリアル接点の強みを伸ばす支援に取り組むとともに、JA・JFが重要な役割を担う地域の活性化に資する取組みも後押しします。さらに、昨今高まりつつあるデジタル取引ニーズにも応えられるように対応を進め、リアルとデジタルの強みを“融合”させることで、今まで以上に価値の高いサービスの提供を目指す考えです。

 4つ目の「会員への安定的な収益・機能還元の発揮」は、前述したとおり、損失計上という苦い経験を経た今、収益の偏りや過度なリスク集中を避ける分散型の経営モデルへの転換を図るものであり、農林中金グループが一体となって、持続的な財務・収益基盤を構築・維持してまいります。

 最後の5つ目は「変化に挑戦し続ける柔軟で強靭な組織の実現」です。ここまで触れた4つのありたい姿の実現に向けて必須となる組織の土台として、多様な思考を持った専門性のある人材の育成に加え、IT・デジタル技術を活用した新たなビジネス価値の創造など、変化に挑戦できる組織への進化を図ります。

 これらのテーマは、互いに関連し合いながら、いずれも農林水産業と地域社会を支える基盤を強化していくものと考えています。2030年に何を実現していたいのか――その問いに真摯に向き合いながら、組織のすみずみまでビジョンを浸透させ実行に移していくことが、当金庫自身の進化を支える力になると信じています。

協同組織金融機関ならではの農林中央金庫の強みと責任

 当金庫の最大の特徴は、利益の最大化を目的とする一般の会社組織とは異なり、協同組合という「相互扶助」組織であるという点にあります。これは、単なる運営の形態を示すものではなく、私たちの存在意義そのものを規定する価値観であり、行動原理です。つまり、「組合員のために」という明確な目的のもとにすべての活動が組み立てられているということです。

 また、当金庫は法律により、その目的が「農林水産業の健全な発展と国民経済の向上に資すること」と定められています。このように明確な使命を持ち、なおかつ公共性を帯びた業務を展開していることは、私たちにとって大きな誇りです。世の中における自らの立ち位置を認識し、ぶれることなく行動できる軸を持っている。これこそが、長期的な視点で事業を進めるうえでの大きな力になっています。

 そして、こうした組織の特徴は、資金の安定性という強みにも繋がっています。JA・JF・JForestなど会員のみなさまとの信頼関係の上に成り立つ預金基盤は、「長期視点での資金運用」を可能にするものであり、当金庫が農林水産業や地域社会に対して腰を据えた支援を行うための原動力となっています。

 一方で、私たち自身の特徴や強みが、時に“弱み”にもなり得るという現実にも直面しています。たとえば、「共通の価値観」は結束を生みますが、同時に異質な意見を排除してしまう可能性があります。「安定性」は大きな強みですが、それが変化への対応力を鈍らせることもある――変化が激しい「非連続な時代」だからこそ、当金庫は、このことを強く意識しながら、その時代にふさわしい組織へと進化しなければなりません。

 これからの当金庫にとって重要なのは、「二律背反に見える価値を両立させるバランス力」だと思います。すなわち、「安定性」と「柔軟性」、「同質性」と「多様性」、「伝統」と「革新」、これらを相反するものとして捉えるのではなく、むしろ共存させ、相乗効果を生むような組織運営が求められるのです。

 こうした特徴や強みを持続的に発揮するためには、役職員全員がその意義と価値を深く理解し、日々の業務に落とし込んでいく必要があります。そのためには、経営陣と現場の対話、各拠点間での経験や想いの共有、そして役職員一人ひとりが「自分たちは何のためにここにいるのか」を常に問い続ける姿勢が重要です。

 協同組織金融機関としての本質を守りつつ、しなやかに変化を受け入れ、社会の期待に応え続ける存在であること。その難しさを痛感したからこそ、私たちは真摯に向き合い挑戦を続けてまいります。これまでの強みに頼るだけではなく、新たな強みを創り出し、次の100年を築いていくことが、これからの当金庫に課せられた責任だと考えています。

写真:北林 太郎

2025年7月

代表理事理事長 北林 太郎

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