現場の声 気仙沼鹿折(ししおり)加工協同組合(宮城県)

復興支援

震災前を上回る復興を目指すとともに、海外展開に挑戦する 気仙沼鹿折(ししおり)加工協同組合 理事長 川村 賢壽(かわむらけんじゅ)様

宮城県気仙沼市は、産業の約7~8割を水産関連業種が占める国内有数の水産都市です。特に水産加工施設等の集積地であった鹿折地区は、津波でほぼ全域が壊滅的な被害を受けました。そこで、地域の水産加工業者が一致団結し“生き残り”を懸けて設立したのが、気仙沼鹿折加工協同組合です。川村賢壽(かわむらけんじゅ)理事長に話を伺いました。

生きるか死ぬか――会社の再建を懸けて協同組合を設立

「私は(株)かわむらの社長として、気仙沼で40年以上、ワカメ・コンブなど海藻を中心とする水産加工業を営んできました。震災直後は誰もが、二度とこの鹿折地区で仕事を再開できないと思いました。しかし、しばらくして、魚市場に近い南地区を国が復興モデル地区として土地を嵩上げする、という話を聞きつけました。そこで地域の水産加工業者に声をかけ、みんなで団結して行政に鹿折地区の支援を訴えました。こうした働きかけが功を奏し、その後、鹿折地区の嵩上げが決定。この時は無我夢中でしたね。会社が再建できるか、生きるか死ぬかの瀬戸際でしたから。

さらに平成24年8月には、大手商社等の支援を受けて、地元の水産加工業者(現在19社)とともに気仙沼鹿折加工協同組合(以下「加工協」)を立ち上げました。震災前は、同業のライバル同士で連携はありませんでしたが、協同組合の設立には全員が賛成でした。まず、加工協の設立直後に取り組んだのは、嵩上げ後の土地の割り振りです。誰でも自分の会社が一番良い場所に再建したいもの。鹿折地区の将来を見据えて1社ずつ対話を重ね、迅速に各社の場所が決まりました。嵩上げと各社の土地の割り振り――この2つは、鹿折地区の復興に向けた加工協の大きな仕事と成果になりました。」

気仙沼市魚市場では、カツオ・マグロ・カジキ類、サンマ、サメ類が多く水揚げされ、生鮮カツオの水揚げ量は全国一。また、中華料理の高級食材として利用されるフカヒレの原料であるサメの水揚げは、全国の7割を占めています。鹿折地区は、魚市場から2.5kmの近距離にある水産加工施設等の集積エリアです。

“生き残る”ためのテーマは、販売戦略とコストダウン

「並行して加工協が取り組んだのが、共同利用施設の整備です。容量7,000トンの大規模冷蔵倉庫と、約1,000トンの処理能力を持つ滅菌海水施設を新設。農林中央金庫には施設整備の計画段階から相談し、総事業費20億円については、一時的な行政補助金見合い分を含め、全額低利の融資を受けました。最新設備の整備を通じて高度な品質管理と省力化を実現し、経費負担の軽減、コスト競争力の強化につながりました。

また、被災地の水産加工会社における重要課題が販路の拡大です。震災後、加工協はキッチン機能を備え、組合員各社と一括して商談ができる事務所を新設し、国内外のバイヤーを招いて、組合員各社の商品の営業活動を積極的に行っています。」

水産加工業者は、魚市場と卸売り・小売業者をつなぐ水産業のサプライチェーンにおける要(かなめ)。当金庫は“水産都市気仙沼”復活のためにも、水産加工業の復興が不可欠と認識し、支援に取り組んでいます。(写真左から:農林中央金庫・仙台支店・佐々木哲也(ささきてつや)調査役、気仙沼鹿折加工協同組合・細谷薫(ほそやかおる)事務局長、川村賢壽理事長、農林中央金庫・仙台支店・長井信介(ながいしんすけ)副支店長)

震災によって失った販路を取り戻すため、組合員は震災前以上に商品力の強化に取り組んでいます。パッケージングやデザインの変更はもちろん、海外市場のニーズに応える商品開発にも力を入れています。

海外に勝機を見いだし、復興のゴールを目指す

「現在、加工協は農林中央金庫ならびに三井物産(株)と連携し、シンガポールを基点とするASEAN地域での販路開拓に取り組んでいます。今後も少子高齢化が進むなか、海外に販路を拡大しなければ、日本の水産業・水産加工業の将来はありません。そのため、農林中央金庫の支援金約5,000万円を活用し、平成28~29年度の約2年間で海外輸出に向けて集中的に取り組んでいきます。具体的には、ASEAN地域では、シンガポールにて加工協が単独イベントを開催したり、気仙沼に現地バイヤーを招致するなどの取組みを通して現地市場のニーズを把握。それに対応した商品の開発・改良を行うとともに、販路の開拓を図っていきます。また、北米・香港・台湾地域では、今後を見据えて市場調査や販売戦略の策定を行っていきます。

平成29年3月に開催したシンガポールのアンテナショップ「IPPIN(極品)」での商談会や、気仙沼に複数のバイヤーを招致し、現地の方々に組合員各社の商品を実際に食べてもらうことで、確かな手応えを感じる一方で、海外輸出に向けたさまざまな課題が浮き彫りになってきました。日本と各国の食文化や味覚の違いなど現地で生の声に接し、改めて海外向けに商品開発に取組み始めたところです。

復興レベルは、まだ5ラウンド目。10ラウンド目のゴールに向けて、何としても海外展開を成功させたい。是非ASEAN地域における取組みでは、早期に何らかの成果を積み上げ、さらに北米・台湾・香港地域への進出に向けた足掛かりをつくりたいと考えています。実際に海外進出の際は、組合員企業が個別商品を展開させるわけで、『困ったことがあれば何でも相談してください。そのための加工協ですよ』と伝えています。」

海外への販路拡大に向けて、当金庫は支援金の拠出に加えて、当金庫のネットワークを活用した支援̶̶シンガポールのアンテナショップ「IPPIN(極品)」や中華系食材商社を活用したB to Bへの販路開拓等̶̶を行ってまいります。

全員でやりきる覚悟で前に進む

「加工協を設立したのは、参加した組合員全員が生き残るため。1社も脱落者を出さないことが重要テーマです。一部の組合員企業が、行政の建築制限によって敷地内に工場が再建できなかった時には、他の組合員企業が土地を貸し、加工協が窓口となって補助金を受け、生産施設を建てました。現在は、加工協を窓口としてバイヤーから多くの案件が届いており、平等に仕事を紹介することを念頭に置いています。一方、組合員にとっても、行政や全国企業のトップと面談してプロジェクトを進行するなど、協同組合という組織だからこそ経験できることも多いと思います。

加工協の事務所の設立後、2期目の平成29年3月期はおかげさまで黒字となりました。加工協は少数精鋭のスタッフで運営しており、地域の銀行から細谷薫(ほそやかおる)事務局長を招聘し要の役割を果たしてもらっています。通常なら水産業の経験者を呼ぶところですが、私の持論『異なる視点を入れなければ進化しない』から、あえて異業種のプロに来ていただきました。」

「平成27年の着任時は水産加工業には素人同然でした。それでも、組合員企業の社長のみなさんは丁寧に教えてくださり、勉強するなかで“現場が本当に必要としている支援とは何か”を考え、試行錯誤を繰り返す毎日を過ごしています。また、みなさんのニーズを受けて“御用聞き”として動く点は銀行の法人担当として培った経験が活きました。出向期間は限られていますが、みなさんへの恩返しのためにも、海外展開への道筋をしっかりと築いていくつもりです。」(細谷事務局長)

「震災では、私自身、40年以上かけて築いた(株)かわむらの25あった生産施設を、津波で一瞬にして失いました。しかし、人は死に方は選べないが、生き方は選べる。(結果よりも)死ぬときに『悔いがなかった』と言える人生こそ最高じゃないか――そう思って再建に踏み切り、加工協の設立・運営とともに、半年間で自社の7つの設備を復旧させました。現在は70人以上の職員、230人のパートのみなさんを雇用しています。経営者として従業員の生活を守らねばならない。何としても生き残るんだという熱いハートがなければダメだよ、と周囲によく言っています。

これだけの災害を経験したからこそ、震災前に戻るだけではなく、震災前以上に復興しなければ意味がありません。まずは、何としても海外展開を成功させたい。組合員企業が存続する限り、いつまでもどこまでもできることをやり続ける。その覚悟で取り組んでまいります。」

(取材日:平成29年2月)

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