復興支援
東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故は、福島県の酪農業に甚大な被害を及ぼしました。酪農業の集積地域であった南相馬市・川俣町・飯舘村などが避難指示区域となりました。県全体では、76戸が原発事故により被災し、平成29年1月現在、19戸が酪農業を再開しました。その一つが、復興牧場として平成26年4月に設立された(株)フェリスラテです。田中一正(たなかかずまさ)代表取締役社長にお話を伺いました。
仲間と苦楽を共にしたい――避難先から、再び福島で酪農に携わる
「震災時には、飯舘村で牧場を経営していました。平成13年の独立就農からちょうど10年という節目で、乳牛約50頭の経営を何とか軌道に乗せられたかな、というタイミングでした。実は、東京生まれで、生き物好きが高じて農業系の大学に進学。卒業後は、栃木県の牧場に就農し、そこで経験を積んだのち福島県で独立しました。福島県の酪農家は原発事故の影響で、3月19日に県全域で生乳の出荷が制限されました。さらに避難指示は拡大し、飯舘村も計画的避難区域に指定されたため、避難を余儀なくされました。
避難後、一時は山形県の牧場にお世話になっていましたが、平成24年に福島県酪農業協同組合(県酪農協)がダノングループの支援を受けて、福島市に設立した復興牧場『ミネロファーム』の牧場長として働くことになりました。山形県での仕事もやりがいはありましたが、県酪農協や昔の仲間たちからの呼び掛けもあり、福島県に戻ることを決意しました。現時点で飯舘村はおおむね避難指示が解除されたものの、残念ながら自分の牧場があった地域はいまだ解除されておらず、かつての場所に戻ることはかないません。でも、福島県で仲間と苦楽を共にしたい、という思いでした。
ミネロファームで働き出して2年後の平成26年に、県酪農協や農林中央金庫の支援を受けて、県で2つ目の復興牧場として(株)フェリスラテを設立。南相馬市・浪江町などから避難していた5人の酪農家仲間で、平成27年10月に牧場の運営を開始しました。ミネロファームは、酪農経営を主軸に子どもたちを対象とした酪農学習事業、大学生や企業・酪農後継者を対象とした酪農研修・トレーニング事業が主要事業でした。新しい人材と酪農との出合いをつくる社会貢献活動は新鮮でしたが、フェリスラテの経営にあたっては、東北最大級の牧場を共同運営するということもあり、最初から牛500頭レベルの飼育が念頭にありました。生半可な気持ちではできない、と改めて気を引き締めての再スタートでした。」
広域連携を通じた“循環型酪農業”を目指して
「現在(平成29年5月)、飼養頭数573頭、生乳生産量は1日15トンを超え、おかげさまで事業は順調に進んでいます。フェリスラテでは、震災前からの酪農家5人が役員となり、現在はパート・アルバイトを含めて総勢21人です。酪農業はまったく初めてという他業種からの転職組も大勢いますよ。ミネロファーム同様に、フェリスラテを通じて、酪農業を支える人材=宝が育つきっかけになれば、との思いがあります。また、酪農といえば1年365日休みなしが当たり前でしたが、フェリスラテは共同経営と最新設備の導入による週休2日制を実現しています。他方、今はまだ、私自身が現場の仕事に時間をとられ、若い社員への教育が十分ではありません。かつて“仕事は先輩の背中を見て覚える”時代でしたが、現代に合った〈教えるシステム〉が必要。これが今後の課題ですね。
福島県の場合、除染や土壌調査・分析など、放射線の影響を常にモニタリングするというルーティンワークがあります。そこは他県に比べて、心身ともに負担があるのは間違いありません。その一方で、震災以降、酪農家が中心となって役割を担ってきた、土地の再生には手応えを感じています。
酪農業の集積地域だった南相馬市の小高地区や川俣町の山木屋(やまきや)地区などでは、いまだ酪農業そのものの復興が困難な状況です。しかし、県酪農協を通じて、農地を牧草地に再生し、畜産飼料の出荷を目指すコントラクター(農作業委託)事業が始まっています。また、荒れ地に栄養を与えるために、フェリスラテからは牛の堆肥を小高地区や山木屋地区に提供するという地域連携も始まっています。お互いに事業としてうまく接点を持ちながら、協力していけたらと思います。」
命を大切にする酪農を実現
「フェリスラテにおける大きなテーマは“牛にやさしく、人にやさしく”の実現です。こう掲げる背景には、まず日本の乳牛(ホルスタイン・雌)の平均寿命が5歳未満、という事実があります。なぜか。はやく効率的に稼ぎたい、という現在の潮流があるからです。その結果、どうするか。乳牛が若くて元気なうちに、子どもをたくさん生ませて乳を搾る。そして、(本来牛は草食ですが)高いタンパク質を配合した餌を与え、早死にさせる。あるいは、年を取って乳の出が悪くなると殺処分する。残念ながら、そういう“使い捨て”をしている現実があります。しかし、命あるものを粗末にしていいわけがない。牛を一頭一頭きちんと健康に育てて、長く付き合っていきたい。もちろん個体によって異なりますが、震災前に実際に飯舘村で育てていた牛たちは、避難するその日まで10年以上きちんと乳が出ていました。フェリスラテの500頭を超える牛たちに対しても、同様に接していきたい。全国的には珍しい取組みかもしれませんが、大規模牧場での長命飼育に挑戦しています。牛にやさしくするためには、人にやさしく――これが、これからも変わらない当牧場のテーマですね。」
(取材日:平成29年5月)
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