特集:「誰も取り残さない金融の実現」にむけて

エリアを問わず災害時にも金融サービスを届けるため、
移動店舗の全国200台配備に向けて

JA新みやぎ(いわでやま地区本部)の移動店舗。利用者の幅広いニーズに応えられる窓口端末を搭載した金融室は拡幅する荷台部分に配置。冷蔵(冷凍)庫付きの購買店舗が併設され、生鮮食品をはじめ、さまざまな商品が並ぶ。

“合理化”によりJAバンクを含む金融機関の店舗の削減が進むなか、JAバンクは、窓口職員が対面で金融サービスを提供できる移動店舗(金融窓口の機能を搭載した車両)の全国配備を進めている。国内でも早期に導入した新みやぎ農業協同組合(JA新みやぎ)と、配備プロジェクトを推進する農林中央金庫(農林中金)に話を聞いた。

SDGs(持続可能な開発目標)は“誰一人取り残さない”を理念とするが、JAバンクも国内過疎地域や経済的弱者を含めた全ての人々があまねく金融サービスを受けられる「誰も取り残さない金融の実現」を目指している。JAバンクは平常時・災害時を問わず、あらゆる利用者に必要な金融サービスを提供するために、全国で200台をめどに移動店舗の普及を目指しており、農林中金はその導入費用を一部助成している。移動店舗における普及拡大の取り組みはさまざまな社会課題——激甚災害が増大するなかで各JAが県を跨いで相互連携できるシステムの構築、高齢化や過疎化が進む地域での金融サービスの継続——の解決の一助となるものだ。

週に4日、管内8カ所を回り生活を支える

午前9時半、全長6.76mの3トン車両が川渡地区公民館に到着した。JA新みやぎ(いわでやま地区本部)の移動店舗だ。開店時間の9時45分を迎え、一人の男性客が車両後尾の扉を開けると、「いらっしゃいませ」——JA新みやぎの購買担当者と信用事業担当者2人から朗らかな声が掛かった。仕事用の貯金口座に入出金したというその男性客は「一番近い店舗まで15kmほど離れているし、接客も通常の店舗と変わらないくらい丁寧なので、週に2回ほど移動店舗を利用している」と話す。車内のカウンターの向かい側には、肉や魚の冷凍加工品、野菜、卵、日用品が並ぶ。近隣に住む女性客は「今日は20kgのお米を買いました」と満面の笑顔だ。
コロナ禍もあり営業日を減らしているが、現在、移動店舗は月~木曜の4日間、午前と午後に別々の地区を訪れ、1週間で計8カ所を回っている。この日の午前中、10人程が移動店舗に訪れた川渡地区は、近くのスーパーまで車で15分以上かかる高齢者を中心とする100世帯程の集落だ。“買い物難民”の住民にとって、今や移動店舗は生活に欠かせない存在だ。また、顔を見せない住民がいると近隣の人が様子を見に行くなど、移動店舗が住民同士の交流のきっかけにもなっている。

移動店舗の車内では、貯金の入出金や振込のほか、一部業務を除いてJA実店舗に準じた取り扱いを行い、取引は対面スタイル。毎週決まった時間に巡回営業する川渡地区公民館では、地域住民たちの交流の場にもなっている。冷蔵設備を備えた車内では、比較的日持ちする食品を中心に、野菜、日用品が陳列され、巡回営業日には事前に予約された品物の配達を行うこともある。
JA新みやぎ いわでやま金融共済部 中鉢 久芳 部長 兼 いわでやま支店長

移動店舗で地域サービスを継続

JA新みやぎは、2019年7月に県北部地域5JAが合併して設立された。移動店舗が走るいわでやま地区は、山形県や秋田県にも接する中山間地で、米、繁殖牛、野菜を中心に生産している。多品種の野菜は、地元の道の駅や地元スーパー、JA新みやぎの直売所「元気くん市場」にも出荷している。「移動店舗を導入したのは合併前の2016年。店舗再編によって、金融・共済1店舗と購買2店舗の閉鎖、ATMの移設を決定したのがきっかけです」と語るのは当時、移動店舗の導入を担当した中鉢久芳いわでやま金融共済部部長兼いわでやま支店長だ。地方の多くの中山間地と同様に、当地区でも現役世代は仕事がある都心部に移住し、高齢化と人口減少が進んでいる。JAとして効率経営を実現するには店舗再編を検討せざるを得ない一方、高齢者が自宅から遠く離れた店舗に足を運ぶことも難しい。「“誰も取り残さない”JAの地域サービスをいかに継続すればよいのかと悩んでいた時に、農林中金から移動店舗導入の提案がありました」と中鉢部長は当時を振り返り、「車両を万全に保つためのメンテナンスリース費用もそれなりにかかりますし、農林中金からの助成はありがたいです。広域合併後もJA本店に職員を出向するなど、人的にも支援いただいています」。

減少傾向にある国内の金融機関実店舗

(株)農中総研調べでは、「全国の金融店舗は今後数年間で約1,000店舗減少する」と言われている。背景には人口減少、スマートフォンなどを用いたネット決済へのシフト、長引く低金利による金融機関の収益低下に伴う店舗合理化がある。一方、全国の市区町村別に店舗の配置状況を見ると、協同組織金融機関の店舗のみが立地している自治体が約18%、うち8%はJAの店舗しかない。全国的に金融店舗の合理化が進むなか、金融サービスへのアクセスが困難な人々への対応が一層重要な社会課題となっている。
【参考文献】
梶間周一郎(2021)「数量的に分析した金融機関の店舗の変化」『農林金融』10月号 農林中金総合研究所編

出所:営農型太陽光発電取組支援ガイドブック(2021年度版 農林水産省)をもとに作成

被災時には近くの移動店舗を派遣

 移動店舗を導入するにあたり、JAは農林中金と災害時における移動店舗車両の派遣に関する協定を締結している。「農林中金を通じて派遣要請があれば、店舗が被災したJAにこちらから出向き、営業に必要な端末の設定などをした上で、被災JAの復旧にかかる期間派遣します。まだ当JAでは派遣実績はありませんが、要請があれば全国どこへでも伺う体制は整っています」と中鉢部長。
移動店舗には窓口端末や発電機が搭載され、災害発生時にも入出金・振込、公共料金・税金納付、通帳記帳・繰越、各種届出などの金融サービスを提供できる。JAバンクは、東日本大震災以降の災害時には通帳・印鑑等の本人確認が困難な組合員・利用者にも、貯金の引き出しなど臨機応変に職員が対応してきた。他金融機関が展開する移動店舗のなかには、職員が直接対応しない移動ATM車も存在するが、災害時であっても取引にはキャッシュカードが必要な上に、「ATMなどの利便性を頭では分かっていても、近年は振込詐欺を不安に感じる利用者も多く、職員が応対する窓口での入出金を望む高齢者の方は多い」(中鉢部長)のが現状だ。こうした地域の声にも耳を傾けながら、JAバンクは移動店舗を大規模災害発生時のJA店舗のバックアップ機能として位置付け、全国で200台の導入を目指す。2019年に宮城県で台風19号による豪雨災害が発生した際には、JAみやぎ仙南に山形県と岩手県から移動店舗が派遣されている。

住民の身近な存在であり続けるために

平常時においてもJA新みやぎでは、移動店舗の運営においてさまざまな工夫が行われている。例えば、通常の店舗とは異なり移動店舗にはトイレがなく、車両であるため駐車場で営業すれば駐車料金がかかる。また、豪雪地域での営業には除雪作業も必要になる。こういった運用上の課題については、JA新みやぎは市町村とも連携し、地域住民からの要請があった公共施設に営業場所を限定することで解決している。さらに防犯面を考慮して、出金に限度額を設けるほか、警察と連携して防犯訓練も行っている。
しかし、それだけでは解決できない課題もある。いわでやま地区副本部長の奥山幸一常務理事は「窓口での金融サービス提供には役職者と担当者の2人が常駐する必要があり、購買機能付きの移動店舗の場合は、購買担当者と合わせて3人が移動店舗車に常駐します。当地区の信用事業は全部で8人、うち役職者が3人なので、移動店舗を運用する店舗への人的負担は否めない」と現状を語る。今後、2022年4月にJA新みやぎは、統合前の旧5JAの頃の管轄地域に基づきエリアを見直す予定があり、それに伴う店舗再編も検討している。「人員を調整しながら、移動店舗が活躍するエリアを広げていきたい」(中鉢部長)と、地域の農林畜産業と生活を守るために課題と向き合う日々は続く。

農林中金
担当者の声
移動店舗を活用して、地域の課題解決に取り組んでまいります。

平常時と災害時、2つの対応策として

当金庫はJAバンクにおける店舗の企画運営などチャネル戦略を担当し、その一環として移動店舗を管轄しています。JAバンクは不断の取り組みとして、自己改革を続けながら地域への金融サービスの提供と貢献を目指し、中期戦略では平常時の「金融サービスの提供」と、災害時の「BCP(事業継続計画)態勢の構築」といった2つの側面から、移動店舗を位置付けています。
全国のJA管内では、利用者の高齢化と人口減少により過疎化が進むなか、金融機関としては効率的な事業運営が必要です。JAとして地域を支え、組合員・利用者への十全な機能発揮を行うための経営基盤強化の一環として、店舗体制の再編を行うことがあります。そんななか、店舗再編エリアの利用者の利便性を極力損なうことなく、接点を維持し続けることは大きなテーマであり、従来の店舗の代替サービスとして移動店舗は重要な役割を担っています。
他方、「JAバンク基本方針」では災害時の対応として、業務継続に支障が生じた場合であっても、全国の利用者に必要な金融サービスを提供することを掲げています。すでにシステムのバックアップ体制を整備済みですが、JA店舗が被災して窓口業務ができなくなった時には、当金庫と導入するJA等との間で災害時の派遣にかかる協定を締結しており、今回ご紹介した移動店舗を派遣する態勢としています。

激甚災害への対応として、バランスに配慮した
200台の導入へ

近年、豪雨災害が頻発するなか、2018年から2020年にかけて8カ所の被災JAに対して延べ11台の移動店舗を派遣しました。2021年度末までに、37県域累計127台の移動店舗を導入する見込みで、すでに日本全国6ブロック全てに配備しておりますが、10県域は未導入とばらつきがあることも認識しています。今後は東日本大震災レベルの激甚災害にも対応すべく、全国でトータル200台の配置をめどに導入を検討しています。2022年4月から2025年3月までの3カ年計画では70台程度の導入を想定し、導入費用の1/2を当金庫から助成する計画です。
全国JAには、高齢化や過疎化など共通する社会課題がある一方で、地域の事情や課題があると思います。今回レポートしたJA新みやぎでは、利用者の声を直接伺うことができ、大変励みになったと同時に、さらに改善できる点があるのではないかと身が引き締まる思いです。JAバンクとして連携しつつ、これからも地域の課題解決に貢献する取り組みを行ってまいります。

農林中央金庫 リテール事業本部 JAバンク業務革新部 顧客サービス基盤改革 ユニット 実践支援担当 部長代理 河野 壮平

農林中央金庫とは

当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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