特集:低コスト再造林プロジェクト

約30年生のコウヨウザン林分*
*林分:種類や大きさがほぼ一様な樹木の集団で、森林を区画・管理する場合の基本単位

30年後の未来の子どもたちにバトンを手渡すために
”自立的に循環する林業へのファーストステップ”
となる実証実験を開始

 2020年7月、全国森林組合連合会と農林中央金庫(農林中金)は、自立的かつ持続可能な林業経営の確立を目的とする「低コスト再造林プロジェクト」を立ち上げた。このたび、2021年3月に開催されたシンポジウム(オンライン)から、プロジェクトの具体的内容を紹介する。
 「低コスト再造林プロジェクト」は、早生樹であるコウヨウザン(広葉杉)のコンテナ大苗**を活用した主伐・再造林の一体作業に取り組むもので、現在、長野県・広島県・宮崎県の3森林組合で実証実験を行っている。伐採と造林の一体作業、伐期の短縮、下刈りの省略、疎植など、プロジェクトの内容は一見するとこれまでの森林・林業経営の“常識破り”ばかりだ。しかし、各施策は科学的データに裏付けられており、1人当たりの生産性向上と将来の林業収入の確保、ひいては国産材の需要拡大にもつながる戦略的な取り組みとなっている。
**コンテナ大苗:容器育苗した土付きの大苗

シンポジウムのパネリスト(右上から時計回りに):大貫 肇氏(物林株式会社 新事業推進部長)、近藤 禎二氏(森林総合研究所 林木育種センター 元育種部長、田中 賢治氏(国土防災技術株式会社 取締役 事業本部長)、仲尾 浩氏(有限会社愛美林 代表取締役)

主伐期を迎えた人工林の放置で、
次世代の森林資産が消失!?

 「主伐期に達した人工林での間伐(成長を促す間引き伐採)の繰り返しは、費用をかけながら資産を目減りさせている状態。低コスト化を図りつつ、しっかり主伐(木材利用のための植林などの更新を伴う伐採)と再造林を行うことで、持続可能な“もうかる林業”を実現するのが重要です」と、「低コスト再造林プロジェクト」のプロジェクトリーダーである物林株式会社の大貫肇氏は力強く語る。国土の2/3を森林が占める日本では、戦後に植えた膨大な人工林の多くが50年以上の主伐期を迎えるなか、伐採→植栽→育成という循環が成り立っていないのが現状だ。その背景には、植栽・育成にかかるコストの高さに加えて、植林から主伐まで50年以上かかるという林業ならではの課題――“投資回収期間の長さ”がある。
 このまま主伐期に達した人工林に間伐を繰り返しても、大径材化による商品価値の低下*が起きかねない。なぜなら、現在の木材需要では大径材の単価が低いこと、また、現状の林業機械や作業道は大径材の伐採や搬出に適していないため、大径材に対応するべく新規投資や作業道の拡幅が余儀なくされるからだ。さらに、問題はそれだけではない。山林所有者等は「山に財産的価値がない」と主伐および再造林に消極的になり、そのため今の日本では幼齢造林地が圧倒的に少なく、このままでは次世代に“お金になる森林資源”そのものを引き継ぐことができない。
 そこで大貫氏ら専門家を交えて立ち上げたのが、低コスト、短伐期、林業利回りの向上、労働者1人当たりの生産額の向上、木材需要の拡大などをキーワードとする「低コスト再造林プロジェクト」だ。
* 一般的に、太くなり過ぎた丸太は製材に向かず、販売単価が低下する傾向がある。

林業経営のコスト削減と収入アップへ
実証実験における3つのポイント

 現在、プロジェクトは2020年度からの5年間を実証実験期間として、根羽村ねばむら森林組合(長野県)・三次みよし地方森林組合(広島県)・都城みやこのじょう森林組合(宮崎県)の3カ所で、コウヨウザンのコンテナ大苗を活用した伐採・造林の一体作業が行われている。
 従来の常識にとらわれない新たな取り組みの1つ目のポイントが、早生樹であるコウヨウザンの活用だ。中国南部等原産のコウヨウザンは、江戸時代以前に日本に渡来。成長が早いという特徴があり、育林期間を従来型の50年から30年に短縮できる(下図参照)。主伐までの工程から間伐がなくなり、今回の実証実験では育林コストを従来型方式に比べて1/2以下とすることを目指している。
 2つ目のポイントは、コンテナ大苗を活用した伐採・造林の一体作業だ。従来は素材生産から2回目の下刈りが終了するまで、作業期間が少なくとも3~4年かかっていたが、コンテナ大苗を使うことで1、2回目の下刈りを省略できる可能性があり、素材生産にかかる作業期間は数カ月まで短縮できる。さらに従来の林業では、素材生産と植林の各作業を別のチームや組織が担うケースが多いが、今回の実証実験では伐採と植林および造林を一体作業として行う。大貫氏はこの取り組みを「製造業のセル生産方式*を林業に取り入れたようなもの」と言う。「コンテナ大苗の活用による育林期間の短縮と、現場作業員が複数の作業を担う多能工化による、林業労働者1人当たりの生産額と収入の向上が狙いです。少子高齢化による人口減少で労働力の確保が困難となるなか、作業の効率化と労働者の収入アップは不可欠です」。
 3つ目のポイントは疎植だ。従来は3,000本/haを植林し、間伐を重ねることで優れた樹木が育つといわれていたが、今回の実証実験では1,500本/haと本数を絞ることで、間伐作業を行わない施業も考えられる。
* セル生産方式:製造業において、一人または少数の作業員が、部品の取り付けから、組み立て、加工、検査までの全工程を担当する生産方式。

科学的見地から今を見直し、
次世代に林業のバトンをつなぐ

 こうした“常識破り”な取り組みに対しては、林業界からも不安や疑問の声がある。それに対して専門家チームは、科学的データをもとに丁寧な説明を重ねている。「例えば、成長が早い樹木は強度が弱いという思い込みがありました。しかし、既に研究では、年輪幅と強度(ヤング率)には相関がない――つまり成長が早くても材質は劣らないことが分かっています。実際に、構造材として使用する上で重要となるヤング率において、コウヨウザンにはヒノキやスギより高い品種系統もあります」と大貫氏は説明する。森林総合研究所等の研究で、下刈りの省略や疎植についても、試験研究の成果がまとめられている。
 大貫氏ら専門家チームは、「低コスト再造林プロジェクト」を、将来において補助金を前提としない自立的かつ循環する“生業なりわいとしての林業”を構築するためのファーストステップと位置付けている。日本全国の森林関係者に実証実験の成果とノウハウを普及させ、“もうかる林業”の仕組みを構築することで、はじめて国際競争に打ち勝ち、国産材の需要を拡大できる。
 近年、住宅の主要構造材である梁や桁の約95%が外国産材だ。この需要を国産材が奪還するためには、構造材としてのコウヨウザンの造林など、産業的見地からの戦略が不可欠だ。「林業における投資回収期間を30年に短縮できたことで、一般企業や都市部の方々にも林業に魅力を感じ、連携していただきたい」という大貫氏。「地域の主要産業である林業の再生は、まさしく地方創生につながるもの。私たちが受け継いできた森林資源を次世代に資産として引き渡さなければなりません。30年後の未来の子どもたちは過去を変えることはできない。次世代のために今を変えることができるのは私たちの世代なんです」。

(左上から時計回りに)①コウヨウザン20年生の林分、②コウヨウザンの苗木、③植栽後、一度も下刈りしていない無下刈り状態(3年目)【写真提供:広島県森林整備・農業振興財団】、④伐採・造林の一体作業を行うにあたり、従来の生産工程を見直すとともに、生産・造林・保育という流れを見据えた路網計画が必要となる。

農林中金担当役員の声サステナブルな森林・林業経営へ――多面的に取り組みを支援

 森林・林業の課題解決には、森林・林業への強い思いと科学的な検証・裏付けの2つが不可欠ですが、今回の「低コスト再造林プロジェクト」は、まさに両輪が揃った、専門家の皆さまの30年後の未来を見据えた熱い思いと知識・ノウハウを結集させた取り組みです。今後は再造林の推進に向けて、実証実験の検証を通じて得たノウハウを全国各地に広めるとともに、コウヨウザンの活用領域の拡充等も重要です。当金庫としても引き続き、当プロジェクトを精いっぱいご支援いたします。
 一方で、林業の成長産業化、サステナブルな森林・林業経営の実現には多面的な取り組みが必要であると認識しています。当金庫は、農中森もりぢから力基金(公益信託農林中金森林再生基金)を設け、森林施業の課題である施業集約化や搬出間伐等に関連し、地域の中核を担う林業事業体による、先進的かつ高い波及効果が見込まれる事業に助成しています。また、林業における安全対策として防護服などの各種安全装備の購入費用を助成するほか、VR(Virtual Reality:仮想現実)対応のゴーグル型専用機械を装着して林業の現場を疑似体験できる「林業安全教育360°VR」の導入を支援しています。さらに当金庫は2016年10月に、東京大学への寄付講座を通じた「木材利用システム学寄付研究部門」の設立支援と併せて、木材の利用拡大に向けた各種課題の解決を図る「産・学・金」連携のプラットフォームとして川上から川下までさまざまな企業・団体が会員となる「ウッドソリューション・ネットワーク」(WSN)を設立し、事務局として活動に携わっています。
 今後とも、森林・林業の課題解決に向けて、多面的に取り組みを支援してまいりますので、引き続き関係者の皆さまにはご協力をよろしくお願いします。

農林中央金庫 常務執行役員 食農法人バンキング 共同統括責任者 岩曽 聡

農林中金の林業支援における取り組み

 林業は、気候変動の緩和・適応に貢献する産業であり、森林の適切な整備や保全等を通じて、森林吸収源対策を含む地球温暖化防止の取り組みを推進していく必要があります。
 全国森林組合連合会および農林中金では、今回紹介した「低コスト再造林プロジェクト」のほか、森林・林業に関わる川上-川中-川下の課題に対して、それぞれのステージに対応した幅広い取り組みを行っており、引き続き、森林整備等の取り組みを通じたSDGsの実現に向けて貢献してまいります。

公益信託 農林中金森林再生基金(農中森力もりぢから基金)

 森林施業の今日的課題である施業集約化や搬出間伐等の取り組みをさらに加速化させるため、荒廃林の再生事業のなかでも特に、地域の模範になり、高い波及効果が見込まれる事業や先進性のある事業に、重点的に助成を実施し、地域の中核を担う林業事業体(非営利の法人)の事業実施態勢の整備をサポート。また、事業実施に際して、専門家の派遣による事業完成に向けたサポートと、その成果の発表公益信託農林中金森林再生基金(農中森もりぢから力基金)会を開催する「フォローアップ事業」を行っている。
 この基金は、前身基金(FRONT80)の設立以来、2020年度までに累計で応募件数548件、助成件数108件、助成額21億43百万円の助成を行っており、2021年度も4月から助成先の募集を開始し、第一次・二次審査を経て、助成先を決定し、2022年4月に事業を開始予定。
URL:https://www.nochubank.or.jp/news/news_release/2021/post-617.html

農林中央金庫とは

 当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
 この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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