日本の国土は中山間地域が7割を占め、傾斜地や林野を含む耕作不利地が全国に数多い。そうした土地の圃場が、就農者の高齢化や担い手不足で耕作放棄地となり、社会課題となって久しい。千葉県市原市北東部の
市東地区で養蜂業を営む株式会社ワンドロップファーム(ODF)は2018年より、地域の内外から協力を得て、蜂蜜〈百花蜜〉を販売。また、日本初となる新商品〈燻製蜂蜜〉は2020年10月に発売したばかりだ。この間、農林中央金庫(農林中金)千葉支店はODFの事業計画を支援。台風15号(2019年)での被災を契機に、アグリビジネス投資育成株式会社と連携した復興ファンドで1,000万円の出資を行い、新商品の開発を後押しした。
「小さな農業に光を当てる」という本懐
耕作不利地で付加価値の高い農業に挑戦
「ここで農業はやらない方がいい。それが第一印象でした」と話すODFの
しかし、造園業に造詣が深い中村社長は、「土壌が荒れた市東地区では米や野菜よりも作付けしやすい花畑で養蜂業を営むしかない」と考えていた。自らはハード面での整備事業を担い、ソフト面の養蜂業には、人柄と能力を見込んで「任せられるのは、豊増さんしかいない」と腹をくくっていた。そんな中村社長からの働きかけで、里山再生に向けた事業計画について議論を重ねるなか、いつしか豊増社長は自らも取り組む覚悟を固めていく。
そして2017年、日本リノ・アグリは国および市原市の助成を受けて、森林と里山の整備を開始。整備後の土地にクローバーの種をまくころには、ODFの立ち上げを決断していた豊増社長も担い手として参画。「株式会社耕す」の木更津農場の立ち上げを一段落させた豊増社長が正式にODFで養蜂業を開始した翌2018年には、順調に蜜蜂が受粉を始めていた。
当時を振り返り、豊増社長は自らが養蜂業を営む会社を興した理由をこう話す。「中村社長となら里山を再生できると感じたこと。そして小さな農業に光を当てることができれば本望、と思ったからです。たった一度きりの人生、大規模なスマート農業が最先端といわれる時代に、耕作不利地で付加価値の高い小さな農業に挑戦するのも面白いじゃないか」と。佐賀県の実家が酪農業を営んでいた豊増社長。「漠然とリタイア後には農業をやりたいと考えていたものの、想定よりもずいぶん早い本格的な就農となった」と笑う。
協働のもと強く認識するそれぞれの役割
中村社長の期待を一身に、“外に開く”
現在、ODFと日本リノ・アグリは、同じ社屋で協働しながら市東地区の再生に取り組んでいる。豊増社長は「養蜂業はもちろん、自分の役割は情報発信――外に開いて協力者を増やすことだ」と強く認識していた。一般的に組織は安定してから情報発信する傾向にあるが、「早い段階からさらけ出すのが重要。ビジョンに賛同してくれる人との間にこそ、強い絆が生まれる」とap bankでの経験から学んでいた。
そして実際に、力強い支援者が次々と現れる。そのうちの一人である、高い養蜂技術を持つ長野県の養蜂家は末期がんで闘病中だったにもかかわらず、1年間ODFの若い社員に自らのノウハウを全て叩き込んでくれた。その方の養蜂技術は今もODFを支えている。また、市原市の兼業農家は、ODFの事業が収益化するまで出荷場を無償で提供してくれた。ほかにもODFのビジョンに共感した〈無印良品〉で有名な株式会社良品計画をはじめ、さまざまな人々が早い段階から協力。中村社長が「農業は生産だけでは成功しない。企画・販売・流通の知識とネットワークが必要。豊増さんならできる」と見込んだ通り、地域内外とのネットワークを広げつつ、養蜂業は順調な滑り出しを見せ、2019年には会社全体で売上2,900万円を達成した。
新たな蜂蜜の利用シーンを“創造”しながら
共感のネットワークを無限に広げていく
豊増社長は、養蜂業における課題を2つ認識していた。1つ目は、蜂蜜の価格が安すぎること。2つ目は、蜂蜜の利用シーンが極めて限定的ということ。これらの課題を解決するには商品の高付加価値化が不可欠と考え、まずは天然・非加熱の〈百花蜜〉50gを500円で発売。次に着手したのが〈燻製蜂蜜〉の開発だった。豊増社長は言う。「多くの消費者にとって、蜂蜜の用途といえばパンやヨーグルトにかけるか、紅茶に入れるぐらいです。そんななか欧州の商品をヒントに、蜂蜜を燻製した独自の商品開発を開始しました。肉やチーズにもよく合う〈燻製蜂蜜〉なら、蜂蜜の利用シーンを広げられる。市場そのものを広げなければ、養蜂家同士が小さなパイを奪い合うだけになってしまいます」。開発資金は、台風15号(2019年)による被災もあり、アグリビジネス投資育成株式会社の復興ファンドから1,000万円の出資が実現する。「資金提供はもちろん、事業計画に対する客観的な指摘が大きな助けになった」と言う。
そして、特殊な技術を有する地元の食品加工会社と連携し、新しい製法の開発に成功。2020年10月、日本初の燻製蜂蜜「
行政担当者に聞く
里山再生支援他地域での課題解決のヒントにもなり得る多様な農業の在り方に期待
市原市は県下第7位の経営耕作面積を有し、農畜産業は主要産業の一つです。一方で、日本の農業全般に見られる就農者の高齢化に伴う担い手不足、耕作放棄地の増加といった課題を抱えています。
市東地区は、細かな起伏の山林と谷津田が多く存在するため、大規模な営農展開が難しい地域です。また、ODFさんが養蜂業を営む場所は、大手デベロッパーによる事業計画の中止後、耕作放棄地として長年、荒廃した状態が続いていました。そこに養蜂業を通じた里山再生のお話があったのです。既成概念にとらわれない自由な発想で、農業の付加価値を高める取り組みを支援する「次世代農業推進事業」のモデル事業として、日本リノ・アグリ株式会社の里山整備事業を助成対象に、養蜂業を営むODFの豊増社長とも協議を重ねて支援を行ってきました。
豊増社長たちの事業モデルは、養蜂業で収益を上げながら景観形成や里山再生を持続的に進めるもので、他地域での課題解決のヒントになると同時に、大規模でなくても付加価値の高い小さな農業で稼ぐ――多様な農業の在り方を示す大変意義ある取り組みです。圃場の整備、土壌の改良、養蜂業の販路拡大などではご苦労が多かったと思いますが、豊増社長の熱意と不断の努力が地元の皆さんの信頼と協力につながり、事業を成功に導いたのではないでしょうか。
今回、ODFさんを農林中金の復興ファンドという形でご支援いただいていることに、心から感謝しています。農業は日本の「食」を支える基幹産業であるとともに、自然災害の影響を特に受けやすい業態です。ぜひ今後とも、農業者に寄り添った事業の展開に期待しています。
農林中金担当者の声次世代の新たな循環型農業モデルを応援する
台風15号(2019年)を契機に復興ファンドで出資
ODFの豊増社長が初めて当千葉支店を訪れたのは2019年の7月。その後、蜂蜜を高付加価値化する〈燻製蜂蜜〉という新商品開発のため資金調達のご相談をいただきました。社長とお話しして、SDGsにつながる事業計画はもとより、熱意と人柄にほれ込み、この方なら耕作放棄地をよみがえらせて持続可能な農業を実現できるのではと感じました。しかし、養蜂業を開始して1年というアーリーステージ企業なだけに単純に返済能力ばかりでなく、事業の成長性などを評価させていただいた上で、商品開発という点から見ると、融資よりも中期的な視点でのエクイティ投資を通じた支援の方が適切ではないかと考えました。
そうしたなか、同年9月に台風15号が千葉県を直撃。ODFは農業用ハウスや養蜂箱の損壊、周辺の道路が寸断されるなど大きな被害を受けました。当金庫は東日本大震災を機に、JAグループと日本政策金融公庫が設立したアグリビジネス投資育成株式会社と連携して復興ファンドを組成しました。折しも同ファンドは、2019年度から全国の激甚災害にも適用されることとなったため、結果的にその第1号案件として、ODFに1,000万円の出資を行いました。
当金庫のネットワークやリソースを最大限活用して
日本の農業が存続・発展していくには、大小問わずさまざまな規模の農家の存在が不可欠です。当金庫はJAおよびJA県信連との役割分担のもと、大規模な融資や出資で支援するという面があります。今回はODFさんを通じて、規模は小さくとも持続可能な農業の在り方を示す“尖った”特徴を持つ農家への支援に携わらせていただきました。
今後は農業法人コンサルティングの一環として、ODFの強みや弱み、ビジネスチャンスなど事業全般に関する分析を行いながら、これからのかじ取りについて共に考えていきたいと思っています。また、交配用蜜蜂のレンタル先や加工品開発のパートナーとなりうる園芸農家とのマッチングなど、当金庫のネットワークやリソースを最大限活用してサポートしてまいります。
主任 加瀬 健吾(左)
副調査役 大島 裕大(右)
農林中央金庫とは
当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。
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