
農山漁村地域に雇用と所得を生み出す“稼げるビジネス”として、「農泊」事業が推進されている。農林水産省は、2020年に全国500地域で農泊をビジネスとして実施できる体制を整備すべく、50億円規模の予算で、全国累計515地域を交付金採択先として支援する(2019年10月現在)。こうしたなか、「農泊」事業の確立・推進強化に向けて、2020年3月31日、全国農業協同組合連合会(JA全農)、株式会社農協観光、農林中央金庫(農林中金)、一般社団法人日本ファームステイ協会は、JAグループによる農泊事業実践協定を締結した。

グリーンツーリズムとは異なる「農泊」
ボランティアからビジネスへ意識改革
「教育旅行」や親子連れ等が農山漁村を訪れるといった旅行は、グリーンツーリズムとして長年実施されてきましたが、「農泊」事業とは異なる点があるとJA全農「元気な地域づくり」担当の加藤武参事は言う。
「農林漁業体験民宿制度や『子ども農山漁村交流プロジェクト』など、都市部の皆さんとの交流を通じて農山漁村の活性化に取り組んできましたが、農山漁村側はボランティアという意識が強く、広範な取り組みになっていませんでした」。こうしたなか、政府による「明日の日本を支える観光ビジョン(2016年)」「農林水産業・地域の活力創造プラン(2018年)」等により「農泊」をビジネスとして実施できる地域を500地域とすることとなり、「農泊」らしい宿泊所の整備や体験コンテンツの充実が課題とされた。「『農泊』では事業主体は法人化を義務付けられていますが、スタッフはボランティアや兼務が多く、お客さまが連絡も取りづらいといった問題もあるので、地域に人材やネットワークを持つJAグループが『農泊』に取り組むことへの期待は大きいものがあります。今回の協定締結により、JAの『農泊』ビジネスの基盤づくりを進めていきます」(加藤参事)。

さまざまな可能性を掘り起こしながら
農山漁村全体の価値を提供する
JAグループで旅行事業を運営する農協観光地域交流推進室の齊藤充利室長(取材当時)は、地域の暮らしを体験する楽しさこそが「農泊」の特長だと語る。「かつての体験民宿等では、高齢者が子どもたちを世話して生きがいを感じるといった側面が強くありました。しかし高齢化で、受け入れ農家さんたちが減り、かつての体制では続けられなくなる。それも『農泊』事業への移行が必要となる背景です。農山漁村全体で観光客を受け入れることで、個別の農家での体験にとどまらず、地域の暮らしそのものを広く体験して楽しんでもらう――そこが『農泊』の一番のポイントです」。
「農泊」ビジネスでは、宿泊、食事、体験・交流の全てが魅力的でなければならない。古民家や廃校の活用、郷土料理や地元食材の利活用、農林水産業の体験だけでなく、地域の自然資源や文化財の紹介など、さまざまな広がりが可能だからこそ、地域をまとめる中核組織が不可欠だ。政府は前述した「農泊」推進支援を行う515地域には、一定期間内で地域をまとめる中核法人等の設立を義務付けている。日本版DMO※など地域の観光を担う新たな法人組織が話題となるなか、中核組織としての役割が期待されるのがJAだ。
※DMO:観光物件、自然、食、芸術・芸能、風習、風俗など当該地域にある観光資源に精通し、地域と協同して観光地域づくりを行う法人。


中核としてJAのリーダーシップに期待
「農泊」事業で地域に“新しい経済”を
日本ファームステイ協会の上山康博代表理事は、JAこそ、中核組織として「農泊」事業をリードできると期待する。「従来のホームステイ型に対して『農泊』では、古民家等を改装した別荘型が人気を集めると考えています。地域にネットワークを持ち、総合事業を展開するJAだからこそ、遊休資産に関する情報収集や利活用に伴う調整、地域食材の発掘など、『農泊』全般に力を発揮するはずです」。
また上山代表理事は、「農泊」事業の大きな目的は、地域に新しい経済をつくることだと強調する。「国内外からの訪問客が農山漁村の文化をじかに体験し、食材のオンライン販売や輸出につなげる。JAを含む地域の皆さんをはじめ、当協会やインターネット企業等の外部組織が集い、地域活性化の流れをつくりたい」と意気込む。
すでにJAグループの全国機関8団体(JA全中、JA全農、JA共済連、農林中金、家の光協会、日本農業新聞、JA全厚連、農協観光)は日本ファームステイ協会の賛助会員に加盟し、今後は日本ファームステイ協会からJAに向けて「農泊」に係る研修会やセミナー、コンサルタント等の専門家の派遣、将来的には「農泊」事業の品質向上に向けた評価支援制度の構築も検討している。


「農泊ローン」の提供、そして、
ファン・農業担い手・移住者増へ
一見すると、「農泊」ビジネスは農林水産業とは別に観光業を運営するようにみえる。しかし、農協観光の齊藤室長は、海外を例にとり農泊は農業振興につながると指摘する。「イタリアでは『農泊』事業に減税策を導入するなど、『農泊』ビジネスで第一次産業従事者の所得が向上。また、自分たちの地域の価値に気付くことで自信が生まれ、農村維持とさらなる農業振興につながりました」。さらに「農泊」は、中長期的な観点で地域とつながりの深い関係を築くファンの創造も重要なテーマだ。農林中金は今回の「農泊」事業の推進にあたり、宿泊施設の建築・改装資金を融資する「農泊ローン」を提供して全国のJAと協業するとともに、幅広い法人取引先との連携を強めている。企業ではテレワークを含む働き方改革が進むなか、“週末農家”など新しい農業の担い手、さらには地域への移住者を創り、地域への人口流入を促すことができれば、まさに地域の活性化につながる。最後に、JA全農の加藤参事は決意を口にした。
「『農泊』への取り組みはスタートしたばかりです。折しも、新型コロナウイルスの影響の長期化が予想されますが、田園回帰志向の強まりや、根強いインバウンド需要も見込めます。現在の状況が落ち着いた際には、JAグループが中核となり、全国的に『農泊』事業を成功させられるよう4者協定による連携を深めながら、『農泊』事業の基盤整備を進めます」。

農林中央金庫
担当者の声社内外と連携し、社会の要請に応えるソリューションを提供
SDGsの取り組みとして、「農泊ローン」を企画
「農泊」事業について、農林中金は金融機関として、地域の活性化、農村・農業の振興という大きな目標に向けて何ができるのか――国連のSDGs(持続可能な開発目標)を達成する取り組みの一環として強く意識しています。具体的には、JA全農をはじめ、農協観光、日本ファームステイ協会との4者連携の拡大、農林水産省との情報交換に加えて、当金庫内において食農法人営業本部やリテール事業本部との協業を推進しています。
その取り組みの一つが、当金庫が企画し、一部県域にて2020年4月から提供を開始した「農泊ローン」です。「農泊」事業を実施する上で必要となる農泊施設の新築・増改築・改装・補修費用について、個人で農業を営む組合員を対象に貸付金額5,000万円以内、貸付期間は個人の住宅ローンに近い30年としています。当金庫は全国のJAとともに「農泊ローン」等により「農泊」事業への金融支援に向けて取り組んでいきます。
事業法人ネットワークを生かし、「農泊」事業の可能性を広げる
さらに当金庫は、一般事業法人との幅広い取引ネットワークを有する利点を生かし、「農泊」事業に貢献していきたいと考えています。不動産・鉄道・人材派遣などの取引先と連携することで、各地域の宿泊・食事・体験サービスにおける質の向上、相互の誘客・送客による双方の付加価値向上、新しいビジネスの創造につなげるべく取り組みを進めています。現在、多くの事業法人は働き方改革、社員の多様なライフスタイル実現への支援に取り組んでおり、社員研修などを利用し取引先と農山漁村を結ぶことでさまざまな可能性――“週末農家”といった新たな農業担い手や移住者の創出、生産者所得の向上を模索してまいります。
当金庫はJAグループの一員として、都内のイノベーションラボ「AgVenture Lab(アグベンチャーラボ)」で、スタートアップ企業との事業連携に取り組んでいます。都心に住む人たちと人手不足に悩む農家との労働マッチングを通して、地域のファンを創出することを目指すベンチャーもありますので、そうした企業とも連携を強化していきたいと考えています。「農泊」事業においても、培ってきたノウハウを生かしながら、これからの金融機関に対する社会の要請に応えるべく、幅広いソリューションを提供してまいります。

融資主任 小西 直希(右)
融資主任 北村 博紀(左)
農林中央金庫とは
当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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