特集:地域連携型農業ビジネス

 シミズ・アグリプラスの代表取締役社長に就任した清水建設の神成篤司自然共生事業部グリーンバリューグループ長は、今回の協働の意義を次のように話す。「企業が農業ビジネスに参入する場合、地元の生産者やJAとは関わりを持たず、独自のやり方でビジネスを展開するケースが多い。しかし、民間企業が地域に入って単独で動くだけでは、日本の農業が抱える課題を根本的に解決することは難しい。業界を知る農林中金と協働するからこそ、生産者と連携した“地域連携型農業”を一緒にやっていけるのでは、と考えました」。

「これまでとは一線を画す新しい形で」コンセプトに即して推進する農業参入

 清水建設にとって農業ビジネス参入への端緒は、社長(当時)直轄で地球温暖化対策プロジェクトに取り組む「排出権プロジェクト推進部」を新設した2006年にまでさかのぼる。同社フロンティア開発室の八塩彰自然共生事業部長は言う。「プロジェクトを進めていくなか、温暖化によってさまざまな影響を受ける第一次産業の課題解決のために、企業として一役買えるのではないかという活発な議論に発展しました。その結果、農業ビジネスの分野では、当社の環境管理技術などが生かせると判断し、2014年度に北海道でイチゴの生産を開始しました」。
 一方、農林中金では、長年の取引先である清水建設に農業ビジネスの“次の一手”を提案すべく、グループ会社のシンクタンクである農林中金総合研究所(農中総研)とともに同社のニーズをヒアリング。複数回にわたる議論を踏まえ、「地元の課題解決」「地域との連携」というコンセプトのもと、既存のイチゴ生産(大規模・単一品目)とは一線を画す、従来にはなかった形での農業ビジネスの展開という方向性が定まる。そして、高いブランド力を誇る農産物生産地である高知県との協業を提案した。

清水建設 フロンティア開発室 自然共生事業部長 八塩 彰 様

ニラ出荷量日本一の高知県が直面する産地維持という大きな課題

 高知県は、ニラの出荷量日本一(国内全体の1/4程度)を誇る。その一方で、高齢化による“そぐり”の担い手不足、ひいては産地維持という大きな課題を抱えている。
 “そぐり”とはニラの外葉を取り除く、出荷前に必要不可欠な作業を指す。ニラは生産から出荷までに、①収穫、②“そぐり”、③計量・結束、④包装の工程があり、作業負荷の最も大きいのがその7割を占める“そぐり”と“計量・結束”なのだ。その上“そぐり”は、においがきつく手も荒れるなど厳しい労働環境の割に賃金が安く、高知県の調査によると、その担い手は60代以上の割合が80%と高齢化が著しい。また、県内JAによる調査では、“そぐり”の労働力不足や農業従事者の高齢化を背景に、10年後にはニラ農家の戸数が約半数に、出荷量は2/3程度に減少するという深刻な予測も示されている。
 こうした背景があり、“そぐり”の担い手不足の解消を足掛かりに、今後の生産を含めた地域の課題解決には、行政との連携が不可欠と判断。今後の幅広い展開に向けて、2017年7月には、清水建設、高知県、農林中金の3者間で連携協定を締結した。翌年の2018年7月からは、清水建設と高知県内のJAが中心となり、“そぐり”作業の機械化に関する実証試験を実施。その結果、事業化のめどが付いた。

“そぐり”作業の実証試験を行う従業員たち。高知県では、ニラをハウスや露地栽培で周年生産している。栄養価が高いニラは、肉や魚などさまざまな食材と組み合わせて調理することで、ビタミンの吸収を高める効果がある。

地元との信頼醸成、“そぐり”の「見える化」そして「シミズ・アグリプラス」設立

 その一方で、地元からは大手建設会社による農業参入に戸惑う声も聞かれた。
 「まずは、JAを通じたニラ生産部会の皆さんへの説明会で、『産地維持のために役に立ちたい』という当社の趣旨を丁寧に伝えるところから始めました」と神成社長は振り返る。「そして綿密なヒアリングを通して、それまでの作業工程における欠点や無駄を洗い出しながら、“そぐり”作業を機械化・システム化しました。すると、実証試験に足を運ぶ農家さんが増え始め、交流が生まれたことで、互いの信頼の醸成につながりました。地元の皆さんの期待も感じるようになりました」。神成社長は、これからのニラ生産の集約化や生産拡大に向けて、効率的な“そぐり”や採算性などを具体的に「見える化」したその意義は大きいという。
 そして2019年11月、「シミズ・アグリプラス」を設立。同社は、JA高知県の香美営農経済センター内に、農産品の出荷調整を受託する「そぐりセンター」を設置する。2020年4月から4ラインでニラの“そぐり”と計量・結束作業を行う出荷調整事業を開始する予定だ(初年度200t、年間270~280t)。

清水建設 自然共生事業部 グリーンバリューグループ長 兼シミズ・アグリプラス 代表取締役社長 神成 篤司 様

地元の課題解決へ最初の一歩
異業種間の協働に寄せる期待と展望

 今回の事業化は、清水建設にとって同社が地元農家の課題解決に貢献する最初の一歩になると感じている。「当社は、建設会社として47都道府県全てに拠点があります。昔から多くの生産者が農閑期に建設業を兼業してきたほど建設と農業の関係は深く、例えば雇用確保などの面では、当社も地域での役割を果たしてきたと考えています。そのような背景もあり、地域に貢献したいという思いがあります」と話す八塩部長。今後の事業の展開に向けては、農林中金との協働に期待を寄せる。「民間企業だけでは、地元行政、JA、生産者と直接連携することは難しい面もあります。今回は、農林中金に“調整役”を務めてもらい、合弁会社の設立という具体的な連携に結実しました。まずは『シミズ・アグリプラス』を軌道に乗せて、将来的には自社圃場で地元特産品の生産運営を検討するなど、さまざまな第一次産業の課題解決に連携して取り組んでいきたい」。
 また、「シミズ・アグリプラス」には、農林中金から食農法人営業本部 営業第二部の林晋也部長代理が非常勤取締役に就任する。林部長代理は「今回の取り組みは、生産者の将来に対する不安や課題について、行政、民間企業、JAグループが一体となって解決を図るというもの。地方創生にも結び付く取り組みであり、引き続き全面的にサポートしていく考えです。他の地域も含め、産地維持や生産者の所得向上、地方創生への貢献を念頭に置き、産業界と農林水産業者の“架け橋”としての役割を果たしていきたい」と話す。企業と地域の新たな連携の広がりが期待される。

農林中央金庫 食農法人営業本部 営業第二部 林 晋也 部長代理

行政担当者に聞く
連携協定の意義
地域の農業振興という大きな使命と産地づくりに向けて、課題解決に一緒に取り組む

 高知県は、山地が多く平地が少ないため、温暖な気候を生かした収益性の高い施設園芸農業が発達しました。そして「技術を磨き上げる」「新しい技術導入に積極的」という農家の気質が発展の基礎となっています。一方、高知県でも担い手の減少と高齢化が問題となっています。県では生産拡大を目指して、環境制御技術や省力化技術の導入を支援していますが、労働力確保が喫緊の課題です。
 今回の事業化は、地域に根差した取り組みを目指す清水建設から、「地域の皆さまと協働し地域農業の振興に貢献できる課題はありませんか?」と提案いただいたのが始まりです。そして、JA-民間企業-県が協働で、課題を一つ一つ検証しながら対策を考えた結果、この事業化につながりました。
 まずは協働の取り組みの成功事例を作り、次の展開への呼び水となることを期待しています。また、この事業を成功させることが、農家、JA、県職員の意識改革にもつながると思っています。
 この取り組みの成功によって、生産上の課題解決には栽培技術の視点だけでなく、「生産を支える仕組みづくりが産地の維持・拡大に必要」と腹に落ちることが一番のポイントです。さらに、「そぐりセンター」の設置を契機に生産拡大を実現し、産地づくりにどうつなげていくのか、に知恵を絞っていくことが大切です。
 この取り組みは、農林中金が産地と企業のつなぎ役になったことが、JAや農家の方々の安心感につながりました。農業の現場だけでは解決できない課題も、異業種と連携することで解決できることも多いと考えます。
 引き続き、産地の課題解決に向け、産地と民間企業との協働の取り組みを支援していきます。

高知県 中央東農業振興センター 所長 小松 秀雄 様

シミズ・アグリプラス株式会社

代表取締役社長:神成 篤司
設立:2019年11月
住所:〒781-5233 高知県香南市野市町大谷26
電話:03-3561-4310(清水建設 自然共生事業部内担当窓口)
資本金:5,000万円(清水建設:95%、農林中央金庫:5%)
事業内容: 農産品の出荷調整受託事業、農産品の生産・販売等の農業関連事業
URL:https://shimizu-agriplus.com

農林中央金庫とは

 当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
 この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

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