日本有数の水揚げ場所である気仙沼漁港に完成間近の149トン、14人乗りの漁船が停泊している。2018年10月に設立された気仙沼かなえ漁業株式会社の新船だ。長年、気仙沼地域の漁業基盤を支えてきた近海マグロはえ縄漁業は、2011年の東日本大震災による加工・流通等の混乱といった厳しい経営環境が続いてきた。
「ライバルとして切磋琢磨してきた漁業会社が手を取り合って、漁業の街・気仙沼をもり立てたい」との思いから、地元漁業6社が協業を決断。農林中央金庫(農林中金)と日本政策金融公庫(日本公庫)による経営支援や融資を通じて、株式会社化、さらには老朽化が進む漁船の代船建造が実現した。
危機感を共有し、ライバル同士が協業化へ踏み出す
気仙沼市魚市場は年間196億円超(2018年度)の水揚げ額を誇り、そのうち、マグロはえ縄が31億円超を占める。特に近海マグロはえ縄漁業は、水揚げ盛漁期が他の主要魚種(さんま、かつお)と異なることから、気仙沼市魚市場における通年の収益安定化に貢献し続けている。しかし、最盛期には120隻以上だった気仙沼の近海マグロはえ縄漁船の隻数は1989年に65隻、2015年以降は12隻となった。「最大の理由は魚資源の減少です。我々も、マグロから、現在はメカジキ・ヨシキリザメの漁獲に特化しています。さらにバブル崩壊後はマグロ類の相場価格が急激に下がり、地元の若者が漁業以外の職を求め始めた」と気仙沼かなえ漁業株式会社の鈴木一朗社長は振り返る。漁業者の高齢化とともに老船化も進む。多くが船齢20年以上となっても代船の見通しがつかず、廃業、減船する漁業者も増えていった。さらには東日本大震災による気仙沼地域の被災、震災後の加工・流通等の混乱、燃油相場変動等による操業コストの高騰など、経営環境が悪化するなか、危機感を共有するライバル同士が考えた施策が“協業化”だった。
漁業生産組合か、株式会社化か――
10年先を見据えて協業形態を模索
協業を具体化するきっかけは、東日本大震災で被災した漁業者を対象に国が復興資金を提供する「がんばる漁業復興支援事業(がんばる漁業)」(2016年度に第1期開始)だった。条件となる地域漁業復興協議会(地域協議会)を立ち上げ、10年先の近海マグロはえ縄漁業を見据えて“協業化”を議題とした。九州や千葉県など他地域を視察し、当初は漁業生産組合といった“緩やかな協業”を望む意見もあった。「皆が一国一城の主として、自分の船名/屋号で商売し、独自の卸売りや小売りとのネットワークもある。自分の一存だけでのれんに関わる決断をすることはできなかった」と鈴木社長。また、遠洋漁業も行う漁業者は、近海漁業という一つのビジネスモデルの会社に集約されることに不安もあった。しかし鈴木社長には「一つの会社となり、本当の意味で一枚岩にならなければ厳しい環境を乗り越えられない」との思いがあった。協業形態についての話し合いは「がんばる漁業」第2期の2017年度に入ってもまとまらなかった。
参加漁業6社が株式会社化を受け入れたのは、グループ操業の成果を実感できたことが大きかった。2016~2017年に「がんばる漁業」の取り組みとして、6社で漁場の情報を共有したり、各社の漁船が効率的に漁に出たりすることで燃料や漁具のコストを削減できた。また、市場の需要に合わせて水揚げ量を分散するなど価格の安定を目指した。当初は「『皆で一緒に』なんて漁師じゃない」といった反発もあったが、水揚げ単価が上がるにつれて、株式会社化へと全員の足並みがそろい始めた。
金融・非金融支援が株式会社化と代船建造を後押し
「でも、株式会社化を実現できたのは、農林中金が尻をたたいてくれたおかげでもある」と鈴木社長は笑う。新会社設立にあたっては、参加漁業6社8隻の船を新会社に譲渡するときの価格はいくらが適正か、新会社の経営体制はどうすればよいかなど、さまざまな検討課題があった。当事者同士での話し合いが膠着したときに、「農林中金が農林水産業の金融機関としてのノウハウを生かしたアドバイスを行ってくれたこともあり、話し合いが具体的に進んでいった」(鈴木社長)。また、8隻のうち7隻が船齢20年超で計画的な代船検討が急務であるなか、並行して新会社の資金調達についても急ピッチで検討していかなければならなかった。そこで農林中金は、代船建造計画の策定支援とともに、日本公庫との協調融資5億4,800万円(農林中金:2億円、農林中金を受託機関として日本公庫:3億4,800万円)を実現した。そのほか、40回以上にわたって漁業者や漁業協同組合とやりとりし水産庁に提出する改革計画の策定を支援するなど、漁業者に寄り添いながら金融・非金融支援を通じて、具体的な課題を一つひとつ解決していった。
そして、さまざまな困難を乗り越えて、2018年10月に新会社として「気仙沼かなえ漁業株式会社」が発足。各社の船舶譲渡も完了し、2019年9月に同社初の水揚げが行われた。年内には新船「かなえ丸」が完成。老朽化が進む2隻も順次代船予定だ。新しい会社の経営を軌道に乗せるまでは試行錯誤が続くが、「農林中金には6次化商品の検討など、次々と尻をたたかれていますよ」と鈴木社長。まだまだ課題は多いが、その表情は明るい。
気仙沼の夢をかなえる会社として
漁業者、ひいては地元企業への波及効果の期待
新会社を設立以来、想像以上にさまざまな事務手続きに追われている毎日です。各社でバラバラだった労務管理の統一化や、船内業務の標準化を進めているところです。現在、8隻で110人の船員を雇用し、このうち約半分をインドネシア人船員が占めています。協業の目的は、個社では厳しい代船建造を計画的に実施すること、雇用の安定、船員たちの所得の向上です。船員たちが共同会社にして良かったと実感できるよう、まず経営を軌道に乗せたい。そして次世代にバトンタッチするために、漁船の建造、整備と乗組員・後継者を育てることが自分の役割と考えています。
今回、新会社を設立したことで、漁業者だけでなく、仲買人や水産加工業の皆さん、船造りに携わる業者さんなど地元企業の皆さんにも波及効果があればと期待しています。例えば、当社が新船を継続的に建造する計画を打ち出したことで、造船業者さんも事業計画が作りやすくなって、体制整備や後継者づくりにつながればと思います。
次世代の担い手へのつなぎ役として
今後3年間で3隻を建造する予定です。船型や仕様を共通化してコストを抑えるとともに、資源管理・労働環境改善型漁船としています。船員室を広くするなど、もっと若者に漁業に目を向けてもらえるよう、船内環境を整えることに配慮しています。
社名の“気仙沼かなえ”には、気仙沼湾の古い呼び名である「鼎が浦」にちなみ、“漁業の街・気仙沼の夢をかなえる会社”になりたい、という思いが込められています。私の地元は、気仙沼市唐桑町鮪立。昔はマグロが立つほどよく獲れたといわれる漁業で栄えた地区です。子どもの頃は漁業で生計を立てる家ばかりで、誰もが沖や太平洋に目を向けていました。しかし今や地元の若者は、仙台や東京ばかりを見ている。このままでは、かつて大変な思いをして三陸沖を開拓してきた先代の方たちに申し訳ない。また、三陸沖にも外国船を多く見掛けるようになり、今、私たちが漁業から撤退しては日本そのものにも大きなマイナスです。私も70歳になり、リタイアしてもおかしくない年齢ですが、次世代の担い手への“つなぎ役”として、もう少し頑張っていきたいと思います。農林中金にはこれからも私たち現場の人間と密接に関わってほしいと思っています。単なる企業支援ではなく、第一次産業という生業を育てるというスタンスを変えずに、応援していただければと期待しています。
農林中央金庫とは
当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。
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