特集:国産木材の利活用拡大

非住宅木造推進アプローチブック制作「業価企値を高める木造建築」 国産木材の利用拡大という志を一つに、川上から川下までさまざまな企業・団体が参画するウッドソリューション・ネットワーク(事務局:農林中央金庫)の取り組みと、2019年8月に発表された「非住宅木造推進アプローチブック」について紹介する。 構造体をそのまま見せる復興のシンボル、大槌町文化交流センター「おしゃっち」(岩手県)

 「これは非住宅木造建築の一例、岩手県大槌町の文化交流センター『おしゃっち』です」。司会者の言葉とともに、スクリーンには構造体をそのまま見せるデザインと木のぬくもりが印象的な建築物が映し出される(写真上)。2019年8月、東京・大手町のイベントで事業用建築に木材利用を促す「非住宅木造推進アプローチブック」の発行が発表された。タイトルは、「時流をつかめ!企業価値を高める木造建築持続可能な木材利用を経営戦略に取り込もう」。発行元は、木材のウッドバリューチェーン(次ページ下図参照)をつなぐ企業・団体が参画するウッドソリューション・ネットワーク(WSN)だ。冊子には「おしゃっち」のような地方自治体の建築物、ホテル、特別養護老人ホームなどの事例紹介とともに、事業用建築物の木材利用を検討するにあたって必要な情報が掲載されている。

木材需要の壁を突破する業界プラットフォームづくり

 日本では戦後に植えた森林が伐期を迎える一方、木材需要は2017年で8,172万㎥と、1973年のピーク時12,102万㎥と比較して67%に減っている。さらに人口減少によって新設住宅着工戸数が減少の一途をたどっており、今後は戸建て以外の需要をつくっていく必要がある。そうしたなか、「森林組合などの川上、製材・加工・流通の川中、エンドユーザーに近い川下、さまざまな企業・団体が集うプラットフォームをつくり、課題解決に取り組んでいくことが必要」(農林中央金庫・笹崎)と考え、2016年にWSNを設立した。全国森林組合連合会、製材・加工会社、流通商社、ゼネコン、住宅メーカー、家具製造販売会社、建築設計事務所など、31社・団体(2019年7月現在)が参画。伐採・搬出から製材・加工、流通、消費に至る「木」の付加価値を創るウッドバリューチェーンを確立し、木材の需要拡大、さらには林業および関連産業の活性化と地域振興につなげていくことを目指している。
 WSN参画企業・団体は3つの分科会――非住宅分野における構造材と内装材の利用を推進する「構造材分科会」と「内装材分科会」、生産現場と需要側の相互理解を深める「相互理解分科会」――に参加して活動。3カ月に1回は全体で集まり、各分科会の活動報告を実施。また、農林中央金庫を通じて協働する東京大学「木材利用システム学寄付研究部門」と連携を図っている。冒頭で紹介したアプローチブックは、構造材分科会メンバーが実際に国内の非住宅木造建築物を視察し、施主や設計者など現場の声を集めて、事業用木造建築の意義やメリットをまとめたものだ。

WSNの「内装材分科会」で制作された、内装デザインを施主に提案するデザイナー・プランナー向けのアプローチブック「MOKULOVE DESIGN」。これらのアプローチブックは農林中央金庫のホームページで公開されている。
(左から)メディア向け完成披露会でアプローチブックを手にする農林中央金庫・岩曽聡常務執行役員(左)と林野庁・長野麻子課長(右)、同披露会でのWSNのプレゼンテーション、WSNの「木製オフィス家具試作プロジェクト」で製作された木製オフィス家具

ビジネスとしての木材需要を掘り起こしていくために

 WSNでは今後、事業用中大規模建築物(3,000㎡、3階建て、準耐火物件)において在来工法での建築推進を目指している。しかし、「これまで設計者向けの技術的な冊子は数多く発行されていたが、これから事業用建物を建てようと思っている人向けに、木の良さやメリットをまとまった形で伝えるものが見当たらなかった」(農林中央金庫・笹崎)。新たな需要を掘り起こすために、施主を読者ターゲットにして制作したのが今回のアプローチブックだ。巻頭の「おしゃっち」特集ページでは、大槌町関係者、実際の建築に携わった設計者や施工者が登場。木材の手配や樹種の使い分けなど具体例を挙げながら、施工管理のノウハウに生かすことで、木造でもコストが抑えられるなどさまざまな声を紹介している。また、国の補助金や税務・会計上のメリット、さらに特集「木造の誤解を正す」では、工事費・耐震性・耐火性・遮音性といった木造にまつわる誤解や思い込みを、Q&A形式でデータを交えながら丁寧に解説している。
 分科会の活動を通じて、川上サイド(供給側)と川中・川下サイド(需要側)間の交流も活発化した。森林組合のICTを活用した木材供給システムなど先進事例を学ぶ一方、森林組合が川中・川下サイドに消費者ニーズを直接ヒアリングすることで、「国産材活用への“本気度”を改めて実感した」(森林組合)場面もあったという。これまで農林中央金庫の支援は、森林整備など川上サイドに重点を置いた活動が多かった。今後はこれらに加え、WSNを通じて、ビジネスとしての木材需要の堀り起こしにも力を発揮していく。

  • キーワード「開発力」のもと紹介された「変なホテル ハウステンボス サウスアーム」(長崎県)
  • Q&A形式による特集「木造の誤解を正す」

林野庁 林政部 木材利用課
長野 麻子課長
日本の森林を健全に
次世代につないでいくために

課題となる国産木材利用の出口戦略

 国土の約3分の2を森林が占める日本において、林野庁では日本の森林を健全に次世代につないでいくことを重要テーマに掲げています。そのためには「って・使って・植える」循環が不可欠ですが、人工林の半分がおおよそ50年以上となり伐期を迎えている現在、山の資源をいかに使うかという国産木材利用の出口戦略が大きな課題です。
 折しも、世界的に地球環境問題やSDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まるとともに、国内では地方創生も重要課題です。日本全国の森林資源の活用は、温暖化対策として地球環境に資することはもちろん、地域の木材関連産業などサプライチェーンネットワークを元気にすることで、地域活性化にもつながります。

非住宅分野での木材利用の推進

 現在、国としては、木造住宅における国産材の活用を進めるとともに、少子高齢化に伴う国内での人口減少を見据えて、非住宅分野での木材利用にも力を入れています。その際には、木を使うことの意義や、購買のインセンティブとなるメリットの理解はもちろん、木材利用に対する誤解・思い込みの払拭ふっしょくも肝要です。例えば、「木材利用はコスト高になる」「木造は鉄骨より火災に弱い」といった誤解について、このたびWSNが発行したアプローチブックでは丁寧かつ分かりやすく解説されています。

民間の力を結集するウッドソリューション・ネットワークへの期待

また、木材利用の推進においてはすべてのサプライチェーンの皆さんがつながることが重要です。川上と川下をつなぐWSNの取り組みはまさに時流に適したものであり、金融機関である農林中央金庫だからこそ、さまざまな企業・団体がフラットな立場で話し合う場をつくることができたのだと思います。私ども林野庁にとっても、そうしたミーティングに参加し、ビジネスにおける現場の声を伺うことは大変有意義です。例えば私たち自身、木材利用推進の伴はコストダウンだと思い込んでいましたが、企業の皆さんから「投資に見合う木材の価値をいかに訴求するかが大切」というご意見を伺ったことで、集客効果や人材確保へのメリット、リラックス効果など有形無形の木の魅力、付加価値をアピールすべきだと感じました。
私たちは国として、“国産材を利用するムーブメント”を民間の皆さんと一緒に起こしていきたいと思っていますが、実際の木材利用はビジネスベースで循環していくことが健全な在り方です。WSNの取り組みは、参画企業・団体が相互理解のもとに民間の力で木材利用を現実的に推進する素晴らしい取り組みであり、今後の成果に大いに期待しています。

林野庁 林政部 木材利用課 長野 麻子課長
ウッドソリューション・ネットワーク(WSN)
 農林中央金庫は、2016年10月、東京大学への寄付を通じた「木材利用システム学寄付研究部門」の設立支援と併せて、森林・林業・木材産業における一層の発展を願う関連企業等が参画した「ウッドソリューション・ネットワーク」を設立。
 木材の利用拡大に向けた各種課題の解決を図る「産・学・金」連携のプラットフォームを構築。
 林業生産者団体や、木の加工・流通に従事する製材会社、商社、ゼネコン、ハウスメーカーなど木に関わる31の関連企業・団体(2019年7月現在)で構成。

農林中央金庫とは

 当金庫は、農林水産業者の協同組織を基盤とする全国金融機関として、金融の円滑化を通じて農林水産業の発展に寄与し、もって国民経済の発展に資することを目的としています。
 この目的を果たすため、JA(農協)、JF(漁協)、JForest(森組)等からの出資およびJAバンク、JFマリンバンクの安定的な資金調達基盤を背景に、会員、農林水産業者、農林水産業に関連する企業等への貸出を行うとともに、国内外で多様な投融資を行い、資金の効率運用を図り、会員への安定的な収益還元に努めています。

pagetop