
広島県内で米粉用米生産ナンバーワンの三原市。誕生の背景には、過疎化を食い止めるため、米粉麺の事業化に挑戦し続けてきた人物が存在する。今、その取り組みが結実し、現地に米粉ビジネスの集積地が誕生しつつある。
米粉麺の魅力に取りつかれ退職金を全て投入して会社設立
「やり残した仕事があると、女房に宣言して役場を辞めました」と50代での創業のきっかけを振り返るのは、米粉麺を製造する株式会社おこめん工房の井掛勲社長(68)。30年以上、兼業農家として旧
作物として注目したのは、代々地元に根付いた米。しかし、日本人の米離れが進む現実がある。井掛社長は、米の食べ方が時代のニーズに合っていないからと考え、米を粉にして製品化できないかと食品の専門家を訪問。しかし、言われた言葉は「小麦粉があるのに、米の粉が売れるわけがない」。
その頃、たまたま手に取ったのが海外旅行のパンフレット。ベトナムはおいしい物が多いので若い女性に人気と聞き、調べるなかで米粉製の麺・フォーと出合う。早速、県内のベトナム料理店に行き、フォーのおいしさを実感。米で麺を作れる機械の販売元も探し出した。そして、全ての退職金と預貯金、約5,000万円を投じて米粉麺を作る「有限会社大和」を設立。「そこから地獄が始まったんです」と井掛社長は笑う。


ある日、麺が全く売れなくなった
2005年4月、井掛社長は従業員4人を雇用し、夫婦とあわせて6人体制で「おこめん」の製造・販売を開始する。地元のマスコミが取り上げたこともあり、三原市内での販売はスタート時には絶好調。しかし、3カ月が過ぎ物珍しさがなくなると、全く売れなくなった。小麦製の麺に比べて価格が高過ぎたのだ。1年後には資金を使い果たし、給料を払えなくなり従業員を解雇。「眠れない日々が続いた。外を歩くと、首をつれそうな枝ぶりの良い松の木が目にとまった」。自家製の米を売りながら、何とかしのいだと井掛社長は振り返る。
その時に痛感したのが、小麦製の麺との差別化の必要性だった。最初の麺では、米粉に小麦粉、豆乳、トレハロースを加えていた。井掛社長は、米粉麺の改良に着手。2007年4月、米粉麺のつなぎに馬鈴薯でんぷんだけを加えた、国産品100%の麺の製造に成功する。折しも消費者には、食の安全・安心への関心が高まりつつあった。
さらに、自社ブランドでの販売を中止。全国のJAや農家に声をかけ、各地域から持ち込まれた米を使って、米粉麺をOEMで製造する委託生産に切り替えた。「そもそも会社を設立したのはもうけたいからでなく、農家を支援したいから。全国に米粉特産品を生み出そうと、初心に帰った」と井掛社長。自身の失敗を踏まえて、農家に売り方もアドバイスした。農家の売り先に合わせて、麺を和食用や洋食用にアレンジして製造。生産者へのきめ細やかな対応が評価され、おこめんの売上は安定的に推移するようになった。
そうしたなか、もっとおいしいおこめんを作りたいと、4年以上の歳月を費やし、2014年に押し出し方式の製麺機を開発した。同年、「おこめん工房」に社名を変更し、株式会社化する。この頃から、事業が軌道に乗り始めた。
農家だけで6次産業化できないなら専門家を集めればいい
井掛社長は米粉麺の開発、受託製造と並行して、地域の農業者や企業等との連携強化にも取り組んできた。2009年には任意組合を組織して米粉用米の生産を開始。2010年には県の農業技術センターを通じ、広島県の増田製粉株式会社と共同で、米粉用のもち米の新品種選定を開始した。
「6次産業化には、農作物を作る技術、加工する技術、販売するネットワーク、経営する能力の全てが必要。それを農家だけで全て持つのは難しい。ならば、専門分野を持った人を集めればいい」と井掛社長は連携の狙いを語る。
井掛社長の働きかけによって、三原市の米粉ビジネスは急速に動き始める。2013年には任意組合がJA広島中央の米粉米生産部会へと移行。さらに2016年にはJA広島中央と三原市が増田製粉と協定を結び、おこめん工房と隣接する土地に増田製粉の米粉専用製粉工場を誘致。三原市も米粉専用の低温貯蔵庫(300㎡)を建設する。2017年には三原米粉の里プロジェクトがスタート。おこめん工房、増田製粉、お多福醸造株式会社など、市内で米粉ビジネスに取り組む企業による勉強会も始まった。気付けば三原市は、広島県下で米粉用米生産ナンバーワンになっていた。

次世代の若者が活躍できるフィールドを
2019年春、おこめん工房、増田製粉を含む市内6社は、三原米粉の里プロジェクトの一環として、米粉を使った新商品を発表する。三原市の農地2,100haのうち、米粉用米の農地はまだ67ha。それでも米粉は、主食米、酒米に次ぐ三原市の米ビジネスの柱として成長しつつある。小麦のたんぱく質を除いたグルテンフリーや、アレルギーの原因物質を除いたアレルゲンフリーへの、消費者ニーズも高まりも追い風だ。井掛社長は「次世代の農業者のため、米で生活できる環境を作りたい一心で、ここまで続けてきた」と振り返る。
今のおこめん工房は、旧大和町の旧神田小学校だった建物にある。おおよそ60年前、井掛社長もこの地に通学していた。隣にあるのが、増田製粉の工場や、三原市の米粉専用の貯蔵庫。過疎化の象徴だった廃校が、米ビジネスの集積地に生まれ変わった。残る空地に、後継者の次男が新工場を建設する日も遠くないと、井掛社長は目を細める。
井掛社長には、地域を変えるのは若い力だという期待がある。「この地域には未利用の財産や、チャンスが眠っている。まずは挑戦することが一番大切。地方ではその場が不足しているので、若い人の感覚で挑戦できるフィールドをつくりたい」。かつての自分を振り返り、「底に落ちても這い上がった経験が力になる」と若者にエールを送る。
井掛社長が米粉ビジネスの種を蒔き続けてきた三原市。この地で今、未来に向けた新たな挑戦の場が生まれつつある。育ち始めた米粉ビジネス。その収穫は、これから活躍する次世代に託されている。

地域の米産業の発展に
役割分担で支援するJAグループ
JAグループとして息の長い
金融・非金融支援を続けていく
当管内は160~500mの標高差を活かし、気候や環境に合わせて「コシヒカリ」「恋の予感」「あきろまん」などの米作りを行っています。JAとして農業者所得の向上を目指すなか、水田フル活用を目指す国の施策に基づき、米粉の利用促進のため三原市と連携し、取り組みを行ってきました。2016年1月、増田製粉の製粉工場の新設にあたって、当JAが増田製粉、三原市と立地協定を結んだのもその一環です。
おこめん工房の井掛社長は、三原市において先駆者として米粉ビジネスを開拓してきました。2018年には、三原米粉の里プロジェクトも進行するなか、後継者となる息子さんも三原市に戻られました。そのタイミングで、JAグループに対し、今後の事業拡大に向け投資をしていきたいという話がありました。新しい工場設備を導入するための設備資金や、新商品開発等の運転資金など、資金使途は多岐にわたります。農林中央金庫と連携して、JAグループの「担い手経営体応援ファンド」を活用し、2018年6月に2,495万円の出資を行いました。広島県での同ファンドからの出資は初めてです。あわせて、JAバンクの利子助成制度等を活用し、3年間は実質無利子となる当JA独自の融資もご利用いただいています。
井掛社長とお会いすると、自社の利益だけではなく、三原市という地域、ひいては日本の米産業に貢献するビジョンを持ち、一歩一歩進んでいることを強く感じます。今回の出資と融資は、後継者となる息子さんへの支援にもつながります。まさにJAグループや「担い手経営体応援ファンド」が果たすべき役割に沿った取り組みと感じています。
おこめん工房では今後の事業拡大に向けて、継続的な新商品の開発、国内外での販路の拡大、後継者への事業継承など、さまざまな課題をお持ちだと思います。また、三原市は、単なる小麦の代用品ではない、米粉独自の市場拡大と、米粉ビジネスの付加価値の創造を目指しています。
ビジネスマッチングに役立つ情報を全国に持つ農林中央金庫、広島県内の食品関連企業や農業法人とのネットワークを有するJA広島信連、地域の生産者とのネットワークを築いてきた当JA。この3者で役割分担をしながら、井掛社長を含む組合員、生産者、三原市と連携し、JAグループとして息の長い金融・非金融支援を実施していきたいと考えています。

行政担当者に聞く
プロジェクトの連携
全国トップランナーの
米粉ビジネス・クラスターを目指して
三原市では2017年1月から、三原米粉の里プロジェクトとして、米粉ビジネスについて勉強会を行ってきました。この勉強会には、おこめん工房、増田製粉、お多福醸造を中心に、公益財団法人ひろしま産業振興機構や三原商工会議所も参加しています。2018年5月には「三原市6次産業化推進協議会」を設置し、正式にこのプロジェクトを、協議会の取り組みとして位置付けました。
勉強会のテーマは、JAが核となる米粉用米生産振興や、販路開拓、商品開発、観光連携など。具体的な取り組みの一つが、三原市で生産する米粉用の専用品種(米粉米)の栽培です。2018年度には、広島県立総合技術研究所(農業技術センター)に委託し、専用品種の栽培実証を行いました。収穫した米を用いて、パンや麺に使われるさまざまな米粉用品種について、例えばケーキ類に向いているアミロースの含量など考慮し、加工適性の試作などを行いました。この結果を踏まえ、2019年からは市内の集落法人等の参加を得て、専用品種を本格的に栽培する計画を立てています。
協議会では、おこめん工房や増田製粉など市内の食品加工事業者6社による、米粉を使った新商品開発への支援も行っています。2018年度の試作品のモニター調査を踏まえて、2019年春の商品化を目指しています。また、首都圏のホテルへの商品提案などの販路開拓の支援、地元高校生による米粉を使ったグルメコンテストの開催など、PRの支援も行っています。
2018年3月に三原市は、おこめん工房と増田製粉の工場と隣接する旧神田小学校跡地に、米粉専用貯蔵庫(事業費1億円、300㎡、226t)を建設しました。JA広島中央や米粉事業者と連携することで、一貫した検査・保管・米粉加工・商品加工が可能になります。輸送コストの削減やニーズに応じた米粉の供給など、三原市の米粉ビジネスに付加価値を創造することで、食品加工関連事業者を誘致し、クラスター(集積)化を促進したいと考えています。
三原市には、おこめん工房をはじめとする優れたプレイヤーが数多く存在します。例えば、1次事業者が2次・3次に取り組むだけでは、10倍の効果しか生まれないかもしれない。でも、2次・3次のプロと組むことで、その2乗の100倍の効果を期待することができます。
全国トップランナーとなる米粉ビジネスのクラスターを目指し、これからも行政として、生産現場と事業者、国内外の市場等をつなぐ役割を果たしていきます。


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