ドローンから見た未来のブドウ作り

クピド・ファーム(山梨県) × JA梨北 × 農林水産業みらい基金 これからの新規就農者のために熟練の技の“見える化”を推進

ブドウ畑を見渡すため電信柱へ

 「ブドウ畑の全体を見るため、高台や圃場の近くにある電信柱に登ったこともありました」と冗談めかして振り返るのは、山梨県韮崎市でブドウ栽培を営む岩下忠士さん(70)。15年前、建設業経営者から転身して親元の農園を継いだばかりの頃、ブドウの枝を剪定(せんてい)するため畑全体を俯瞰しようと高い場所に登ったのだという。
 ブドウは剪定された後、残された枝の先からまた新たな枝が伸びてくる。そのため、ブドウ畑の全体を把握して計画的に剪定しないと、将来的に畑に均等に枝が行き渡らず、収穫量に大きな差がついてしまうのだ。
 ブドウ棚を下から見上げても、複雑に入り組んだ枝に遮られ全体像を把握するのは難しい。そのため、熟練農家の長年の勘と経験が必要とされてきた。ブドウ栽培は「10年経ってようやく一人前」と言われる世界。新規就農者の岩下さんにとって、剪定は悩みの種だった。
 2015年、近所に住む安部正彦さん(57)が、岩下さんのもとに相談に訪れた。安部さんは電気メーカー出身の新規就農者。同じくブドウの枝の剪定に課題を感じ、解決の糸口を探っていた。安部さんが目を付けたのは、たまたまテレビで見かけたドローン。「これを使えば上空からブドウ畑を見渡せる」と話を持ちかけたところ、岩下さんも賛同。その翌日には、岩下さんが県内の業者を調べて、約40万円のドローン1号機を購入していた。「こうしたアイデアは近隣のブドウ農家にも話してみたが、岩下さんだけが理解してくれた」と安部さんは振り返る。熟練農家とのハンディキャップを埋めるべく、2人の挑戦が始まった。

強みは、現場で何が必要か知っていること

 ドローンを飛ばしてみると、ブドウ畑を鮮明に撮影することはできた。しかし、1枚の画像だけではブドウ畑の全体像は把握できない。複数の画像を合成するためには、高度と姿勢を制御できるドローンや、平面撮影可能な特殊なレンズ、合成用のソフトが必要になる。岩下さんと安部さんは、東京の大手電機メーカーや県外の専門メーカーを訪問したが、技術的に対応できないと断られてしまう。その後も、画像からブドウの枝を判別する技術の開発など課題が浮上。アニメ用の3D ソフトから医療用の血管の画像処理まで、さまざまなノウハウを持つ企業を訪ね歩いた。
 「企業を訪問するたびに、新しい発見があった」と安部さんは当時を振り返る。アイデアを思い付いてはトライアンドエラーを繰り返し、最終的にスイス製の測地用ソフトに行き着く。そして、ブドウ畑全体の平面画像の合成に成功した。枝が複雑に入り組んだブドウ畑を俯瞰した図面を見た時は、喜びもひとしおだったという。
 「私たちの強みは、現場で何が必要かが分かっていること。それを実現するための技術は、探し続ければ必ず見つかる。『できない』とは、誰も断言できない時代なんです」と岩下さんは訴える。

(左から)JA 梨北 矢崎 輝幸 課長、株式会社クピド・ファーム 岩下忠士代表取締役と安部正彦さん。ドローンで空撮した画像を合成し、圃場を俯瞰した図面を作成する。

作りたかったのは見るだけで粒数が分かる眼鏡

 岩下さんと安部さんには、もう一つ解決したい課題があった。摘粒(てきりゅう)作業だ。大型のブドウ1房には約80粒の実がなる。この粒を半分程度まで減らさないと、全体に十分な栄養がいきわたらず、出荷に適した商品にならない。摘粒に失敗すると、秋の出荷時には、小粒で味と色づきがまばらなブドウになってしまう。
 摘粒に適した期間は、5月下旬からの約20日間。1家族あたり約1万房もの作業を行う必要がある。朝の4時から夜の8時まで働き詰めだ。「夜までヘッドランプを付けて作業する農家もいます」と岩下さん。「1房を適切な粒数に間引くのは、重なって見えない粒があるため難しい。ましてや、作業中、膨大な量のブドウを摘粒するうちに感覚が変わることもある」という。ベテラン農家でも、1房あたりの粒数にばらつきが出る作業。新規就農者なら推して知るべしだ。この摘粒作業を正確に行うことができれば、熟練生産者と新規就農者の収量の差を、ぐっと縮めることができる。
 そこで、AIでブドウの粒数が分かる、スマートフォンのアプリを開発することになった。「本当は、見るだけで粒数が分かる眼鏡を作りたかったのですが」と安部さんは笑う。開発は、岩下さんの知人に依頼。ブドウの房の形をした模型を作って、冬場の農閑期や夜間に岩下さんと安部さんで検証作業を繰り返した。「こんなに夢中になる株式会社クピド・ファーム とは思わなかった」と家族にあきれられながら、iPhone用の『葡萄粒』アプリを開発。その後、ネット上での無償公開にこぎつけた。

(左から)JA 梨北 矢崎 輝幸 課長、株式会社クピド・ファーム 岩下忠士代表取締役と安部正彦さん。ドローンで空撮した画像を合成し、圃場を俯瞰した図面を作成する。
落葉した圃場をドローンで空撮

異業種出身者だからこその視点

 2人のプロジェクトの発想には、異業種出身者ならではの農業への視点があった。岩下さんは前職の建設業経営者の経験から、農業では「見積もりも作らず、出荷するまで価格が分からない」ことに違和感を覚えてきた。安部さんも前職の電機メーカーで培った生産管理の観点から、ブドウ作りの現場で改善点に気付くことがあった。「農家によっては、ブドウの房を適切な数に間引く前に、袋がけをしてしまうことがある。その結果、袋がけされた余分なブドウの房も間引かれずに残ってしまい、ブドウの品質低下、余計な作業、袋の余分な購入費用と、3重の無駄が生じてしまうんです」。こうした既存の枠組みを疑問に思う姿勢があったからこそ、ドローンとアプリでの効率化というアイデアにたどりつくことができた。
 しかし、実現には資金が必要だった。全国の企業を訪ねるための交通費や、ドローンの購入費だけでも半端な金額ではない。さらにアプリの開発費も必要となる。開発が滞るなか、突破口となったのはJA梨北が紹介した「農林水産業みらい基金(DATAを参照)」だった。審査では日本全国のブドウ農家への波及効果をプレゼンテーションし、2016年度の助成先に選定。開発費用について助成金を得ることができた。
 こうして開発したドローンとアプリ。次の課題はブドウ農家への普及だという。ドローンの画像を使えば、剪定結果を自ら確認できるだけでなく、熟練者から的確なアドバイスをもらい、収穫量の拡大を目指すことも可能だ。すでにJA梨北の営農部門が、地域のブドウ農家に講習会を実施している。2人の力だけでは限界があるなかで、「JAグループと連携して全国に広めたい」と岩下さんと安部さんは訴える。

株式会社クピド・ファーム 安部 正彦さん
『葡萄粒』アプリ(現在はiPhone のみの対応)。ネット上でアプリを無償公開している。

「魅力ある農業」を広げるために

 取り組みの根底には、新規就農者の支援への思いがある。「ブドウ農家として就農したころ、頼れる人が少なかった」と振り返る岩下さん。同じ思いをさせたくないと、2018年、自身が代表となり、新規就農者を支援する「株式会社クピド・ファーム」を立ち上げた。「新規就農者を受け入れても、生産技術が身に付かなければ、安定的な収入が得られず定着は難しい。最近は就農時の年齢も上がってきています。効率的に生産ノウハウを身に付けてもらう仕組み作りが必要です」。クピド・ファームでは、県立農業大学校の農業実習生の受け入れを開始。現在は県外出身の44歳の男性1人が就農に向けて実習中だ。肥料・農業機械などの初期投資を支援するほか、生活面も含めてサポートを行っている。
 ブドウ農家の計画的な経営を支援するツールの開発も構想している。「ドローンとアプリで撮影した画像をAIで分析することで、収穫量を予測できる仕組みを実現したい」。最適な剪定と摘粒作業を実現するだけでなく、収量の予測により出荷先との交渉を通じた収入の増加や、計画的な支出によるコスト削減も可能になる。そんな未来図を描いている。
 2人の原動力は何か。それは、農業という仕事が持つ魅力だという。「農業は手塩にかけた分だけ成果が出る。また、一年を通じてオン・オフの時間のメリハリを自分で作れる」(岩下さん)。「自然のなかで、仕事と人間らしい幸福とのワーク・ライフ・バランスがとれる」(安部さん)。
 人生経験を積み重ねてたどりついたからこそ、見えてきたブドウ作りの未来。その実現に向けて、岩下さんと安部さんの挑戦は続いている。

安部さんは就農後に山梨大学でワインづくりを学び、ワインコンテストで最高賞を獲得した醸造家の顔も持つ。前職の生産管理で培った“改善魂”はここでも活きている。
株式会社クピド・ファーム
代表取締役:岩下 忠士
設立:2018年2月
住所:山梨県韮崎市岩下1301-1
電話:055-30-4272
URL:https://www.cupidfarm.co.jp
役職員数:役員4人、パート3人
※2018年12月1日現在

JA現場の声
ドローンの画像を見た時は衝撃でした

 農業従事者の高齢化にともない、新たな担い手の育成が必要とされています。当JAでも新規就農者の受け入れに取り組んできました。しかし難しいのは、ブドウ栽培における技術が、長年の経験値や勘に頼る部分が大きく、新規就農者に伝えにくい点です。過去には、新規就農したものの高品質のブドウ栽培が難しく、結果的に離農された方がいるのも事実です。
 ドローンによる画像撮影やスマートフォンアプリの実現は、まさに岩下さんと安部さんの探求心のたまものであり、「みらい」の農業に資する取り組みです。農林水産業みらい基金に背中を押してもらうことで、資金という現実的な壁を乗り越えて成果を出すことができました。この開発プロジェクトを通じて、剪定・摘粒作業における熟練者のノウハウを「見える化」「数値化」し、栽培技術のポイントを新規就農者に分かりやすく説明できるようになりました。これによりブドウの栽培技術を習得するスピードが格段に上がるばかりでなく、就農後の早い段階で一定レベルの所得に到達できると期待しています。
 ドローン空撮でブドウ畑の枝ぶりを全景画像で見たときは、下からブドウ棚を見上げて全体をイメージしていたのとは全く異なり、長年ブドウ栽培の営農指導に携わってきた私自身も衝撃を受けました。営農指導で畑に出向く時も、事前に全景画像の確認ができれば、短い剪定期間のなかで、より多くの農家に的確なアドバイスができます。営農講習では、お二人が開発したアプリや、ドローンを使った撮影画像を地元農家の皆さんに紹介しています。その場で、全景画像を見ながら「ここを切るといい」「この空間に新しい苗木を植えて」など熟練農家から活発な意見が出るのも、この新しい方法の有効性を示しています。また、熟練技術を共有することで、新規就農者だけでなく、ベテラン農家の皆さんの省力化にもつながります。
 今後のテーマとして、クピド・ファームはAIを活用した収量予測を掲げています。将来的に実現すれば、販売予約や交渉のみならず、必要な資材の購入についても無駄がなくなるなど、コスト管理もしやすくなる。今回のプロジェクトを含めて、ICTを活用したスマート農業の推進は、安定的な収入確保と同時に農業の働き方改革にもつながります。若い皆さんに「農業は大変で儲からない」ではなく、「農業は楽しいよね」というメッセージが伝わり就農者が多くなれば、農地の維持や地域活性化にもつながっていくと期待しています。

JA梨北 営農部 営農指導課 矢崎 輝幸 課長
梨北農業協同組合(JA梨北)
代表理事組合長:澤井 實
設立:1993年7月
組合員数:15,539人
住所:〒407-0005 山梨県韮崎市一ツ谷1895番地
Tel:0551-22-1311(代)
URL:http://www.jarihoku.or.jp
※2018年1月31日現在

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