人と地域を結び、育てる

新規就農者 × JAえひめ中央 地元定着のための担い手づくり

増える一方の耕作放棄地
背水の陣で始めた実験的取り組み

足元には瀬戸内海と松山市内を見下ろす眺望が広がり、周りの柑橘畑一帯では豊潤な実たちが収穫を待っている。ここは、JAえひめ中央の新規就農者用の堀江柑橘圃場。つい5年前までは、荒れた耕作放棄地だった場所だ。

「何年間も放置していた土地なので、井戸を掘っても水が出ない。我々営農部が総出で灌水して回り、苗を植えました」とJAえひめ中央の営農部・山口修一次長が話すのは、2013年当時の状況だ。この年、JAえひめ中央は実験的な取り組みとして、耕作放棄地を借り受けて圃場を設置し、その翌年、新規就農希望者3名の研修を始める。愛媛県は、柑橘類、特に伊予柑やデコポンの産地として知られ、近年では紅まどんなやカラマンダリンなどの品種も人気だ。愛媛県に多い急な傾斜地は、日当たりと水はけが必要となる柑橘類の栽培には最適な半面、後継者不在や高齢の農業者にとっては営農をやめる要因ともなっている。

「JAえひめ中央は、1999年4月に愛媛県中予地区(3市8町1村)の12JAが合併した広域JAです。担い手不足を背景に、合併後も毎年100ha以上の耕作放棄地が発生していました。耕作放棄地の拡大を食い止めるために新規就農支援の実験的取り組みを本格化するべく、県から青年就農給付金制度の認定研修所として認可を受け、2017年4月に新規就農研修センターをスタートしました」(山口次長)。この年、1年間に発生する管内の耕作放棄地面積は160haに達していた。

JAえひめ中央 営農部 山口 修一次長

新規就農者の数だけ必要な土地探し

JAえひめ中央の新規就農研修センターでは、2013~2018年度に45名(満45歳未満)の研修生を受け入れ、1〜2年間の研修(年間1,200時間以上)を経て、2017年度までに18名が就農。その後2年間でさらに20名が就農予定だ。

新規就農で、農業技術の習得に加えてハードルとなるのが資金調達と土地の確保。これらについてJAえひめ中央は全面的なサポートを行っている。就農資金については、JAからのプロパー融資に制度資金を組み合わせることで、当座の運転資金から設備投資などの長期資金まで一元的に対応する。農地については、新規就農者が知らない土地で圃場を確保することは非常に難しいため、研修生が就農後に希望する栽培品目に適した農地を、JAが探して紹介している。しかし、就農後の土地探しは支援するJAにとっても難題だ。「土地の情報は簡単に集まるわけではない。日頃から農家と接するJAの技術員から上がってくる『誰々が土地を貸したい』や『手放したい』といった、いわゆる口コミが主な情報源」(宮本吉博センター長)。農家も見ず知らずの新規就農者に土地を使わせるのは不安。「JAが仲介するならば」と話が進むケースがほとんどだが、最近ではセンターの卒業生が就農し奮励する姿により研修センターの認知と信頼が広がり、地元農家から土地に関する話を前よりももらえるようになった。

「とはいえ、制度上、研修後1年以内および45歳未満で就農するという条件があり、ぎりぎりのタイミングで土地が見つかったケースもあります。また、柑橘類などは耕作放棄地を借り受けても苗木を植えて収穫まで4~5年かかります。新規就農者に無収益期間をつくらないよう、良い土地は圃場として借り上げて整備しています」(宮本センター長)。新規就農者が増え続ける限り、土地探しは必要となる。JAの模索は続く。

JAえひめ中央 新規就農研修センター 宮本 吉博センター長

農家が継続的に栽培できる環境をそれこそが、JA最大の仕事

JAえひめ中央の新規就農研修センターでは、7名の職員のうちセンター長と同代理が、果樹と野菜の技術指導を行っている。もともとJAえひめ中央では果樹と野菜を合わせて営農部門の技術員が37名と充実している。その背景には、JAえひめ中央管内の農業特性があると久保井誠営農部部長は説明する。「当JA管内の農業は、柑橘・米麦に加えて、野菜や花卉・花木など複合農業経営が特徴。地域も縦に長く、野菜といっても北部は玉ネギ、南部はシイタケやピーマンと品目が多いことも技術指導員を必要とする理由です」。

長年、プロの農家への技術指導にあたってきたベテランのセンター長たちも、素人相手の指導には戸惑うことも少なくなかったという。今でこそ、センターの知名度が広まり、家族とともにやってきて親元就農を希望する研修生が増えたが、当初は実家ばかりか前職も農業と無関係な研修生ばかり。「ロープの結び方はおろかくわの使い方すら知らない人もいます。当初描いていた機械化でカッコいい農業のイメージとのギャップを感じる研修生もいます」(宮本センター長)。また、同じ指導をしても人によって解釈が異なる上、農業技術の“正解”など何通りもある。実際に経験することで、考え、悩み、ようやく自分なりの答えを導き出せる。地道な指導を重ねる理由を髙木真司センター長代理は「就農後に即リタイアでは困る。2年間で一人前の農家になるというぐらいの気概を持ってもらうため」と話す。

手間も時間もかかる営農部門の仕事について、久保井部長はJAが果たす最大の役割の一つだという。「日本の多くの農業地域では、担い手不足で耕作放棄地が増え続けています。新規就農者を増やさなければ、耕作面積そのものがどんどん減ってしまいます。JAの営農部門の役割として一番大切なのは、いかに農家に継続して農産物を栽培してもらうかだと認識しています」。

JAえひめ中央 営農部 久保井 誠部長

新規就農支援の次なる一手
「法人経営者コース」の挑戦

新規就農にあたり、技術指導以上に力を入れなければならないのが経営指導だ。「農業の場合は、個人事業でも経営者です。経営分析や経営改善手法、税務では青色申告くらいは就農前にできるようになっていなければいけません。2018年には初めて県と連携して、税理士や元果樹試験場の関係者、流通業の専門家などを招いてセミナーを開催しています。しかし、研修生によってレベルが異なり、研修メニューの改善には試行錯誤が続いている状況です」(宮本センター長)。

そんななか、JAえひめ中央は新たな挑戦を始めた。「現在、管内の農家、特に果樹農家には法人経営が少なく、大規模化が必ずしも進んでいません。そこで新規就農研修センターでは、現在の『一般研修コース』に加えて、2018年度から『法人経営者コース』を始めました。大規模経営を目指す就農希望者を対象に一般コースとは異なる仕組みで、将来的に、地域の雇用を生み出せる農業法人の経営者となるよう育成する予定です」(山口次長)。

就農はスタート地点
営農定着に向けた不断の支援を

宮本センター長は、就農前の研修者たちから「地域に馴染むことができるか」という不安を打ち明けられることも多いという。「就農地が決まった段階で、地域の生産組織に紹介し、挨拶にも伺います。地域の生産農家は若い担い手に来てほしいため、新規就農研修センターの取り組みにも協力的です。土地を貸す方にしても、自らが必死に開拓してきた畑を活用してほしいわけですから」。その一方、地域のやり方や長年のしきたりがあるなか、農村文化を全く知らない非農家出身の新規就農者が、就農後に不評を買う場合もある。“親代わり”のJAに連絡が入り、宮本センター長たちが新規就農者と地域の間を取り持つこともよくある話だ。「地域で農業をやるためには、そこのルールや慣習を学ぶことも大事です。センターを卒業しても特に1年目は、こちらから訪問して近況を聞きに行くし、向こうからも顔を出してくれます。実際に就農して技術面や労力、資金などさまざまな要因から“思ったとおりにいかない”という相談が多いですね」(宮本センター長)。

研修センターを卒業した就農者が増え始めるなか、JAはセンターを卒業した新規就農者を継続してサポートする新たな仕組みづくりの検討を始めた。「農業は、一定の収量を上げないと所得につながりません。新規就農者の収量を上げるために、JAの技術員やセンター長たちがパイプ役となって、篤農家と連携してプロの技術を学ぶ仕組みも構築したい」(久保井部長)。既に研修生とOB会を開くなど、研修生と新規就農者のネットワークづくりも行っている。新規就農後もこうした手厚いサポートを続けるのは「新規就農がゴールではなく、あくまでも目的は、地域に定着してもらって農業を継続してもらうこと」(宮本センター長)。地域の担い手づくりのための、地道で息の長い取り組みはこれからも続いていく。

新規就農研修
の現場から
「農業はチームプレー」を実感
苦手を克服 地域に溶け込む

JAえひめ中央の研修を経て新規就農した西森 拓郎さん(40)・信恵さん(36)ご夫婦

西森 拓郎さん・信恵さん夫妻は、キウイフルーツ畑5aのほか、ブドウ畑3a、温州みかん畑2a、ユーカリ畑を耕作している。

松山市五明地区で、キウイやブドウなど落葉果樹の栽培を始めて2年目になります。前職は漁師で、妻の実家の愛媛県大洲市で、一緒に漁業を営んでいた義父が体調を崩したのを機に、新たな仕事を探すことになりました。そんな折にJAえひめ中央の新規就農研修を知り、家族で働ける仕事を希望していたので、妻とともに応募しました。

就農したての時はそれなりの自信があったのですが、実際はなかなかマニュアルどおりにはいきません。就農1年目は収量も品質も期待外れでした。「同じ失敗は繰り返さない」と心に誓って、今年はブドウの房の長さを微調整したり、定期的に写真を撮って成長をつぶさに記録したり。それが功を奏したのか、まずまずの収穫となりました。

就農して実感したのは「農業はチームプレー」ということ。宮本センター長たちからも地域に溶け込む大切さを教えられていましたが、自分は人付き合いがあまり得意でなく、不安もありました。そこで研修期間中から地域の祭り、消防団、PTAの役員などなど、とにかく声が掛かればどこにでも顔を出していました。そのかいあって、就農した今では、あちこちから「うちの土地の面倒を見てくれないか」「キウイはこうした方がいいよ」と声を掛けてもらえるようになりました。農業はしんどいけれども楽しいし、やりがいがある。やり方次第でもっと稼げる。今後も頑張っていきたいです。

新規就農研修
の現場から
研修での経験をベースに
自分らしいミカン農家を志す

JAえひめ中央新規就農研修センター 第3期研修生 高橋 明男さん(34)

第3期研修生の高橋 明男さん(中央)

松山市伊予北条のミカン畑で汗を流す両親の姿を見ながら育ったので、子どもの頃から農業をやりたいと思っていました。でも、その気持ちを口に出さないまま、兄が実家を継ぐことになり、次男の私はいったん電気・通信関係の仕事に就きました。そんななか32歳の時に、JAえひめ中央による新規就農研修生の募集を知り、幼いころからの夢を実現したいと妻を説き伏せ、応募しました。

研修1年目は、とにかく見よう見まねで懸命に挑んだものの、「動きが鈍く、無駄が多い」と厳しい指摘を受けました。2年目となる今年は、昨年よりは自分の判断で動けるようになったと思います。後輩の研修生に対しても、積極的にサポートするようにしています。研修での教訓は「見るとやるとでは大違い」ということ。どの枝を剪定するかで樹勢や実の付き具合にも変化が表れるといった実技の重みが実感できました。実家でのミカン栽培しか知らなかったので、農家研修を通じて、同じ柑橘類でもさまざまな栽培方法の工夫があることも勉強になりました。

来年からは、実家に近い松山市郊外で独立就農を予定しています。灌水の方法や導入した機械の効率化など、さまざまなアイデアが浮かんでいます。しっかりした事業計画を立てて、一日も早く軌道に乗せていけるよう頑張っていきたいです。

行政担当者に聞く
愛媛県の担い手対策
産地活性化は担い手あってこそ
JAの一貫した新規就農支援に期待

瀬戸内特有の温暖な気候に恵まれた愛媛県は、柑橘の生産量で42年間全国1位を誇る「柑橘王国」です。その一方で、愛媛県は急傾斜地を含む樹園地が多く、農業従事者の高齢化も相まって、農業従事者数の減少とともに農地に占める荒廃農地の面積が増加し、担い手の確保・育成は喫緊かつ最重要課題です。

2013年、JAえひめ中央は荒廃農地だった堀江地区に研修圃場を整備し、その2年後にはいち早く「新規就農研修センター」を設立しました。JAえひめ中央の取り組みは、新規就農者の募集、研修施設など受け入れ態勢の整備、農地の仲介、就農後の定着支援など、一貫したものです。愛媛県はJAえひめ中央への支援と並行して、こうしたJA主体の新規就農支援を県内に広げるべく、2017年度に県独自の助成制度として「えひめ次世代ファーマーサポート事業」を立ち上げました。2018年度には8つのJAが助成対象となり、Uターン・Iターンともに県内における新規就農者数は着実に増加しています。

JAは、長年にわたって産地形成に取り組んできた地域農業の“屋台骨”。市町村単位で個々に担い手の育成に取り組むことはもちろん大切ですが、JAが一貫した新規就農支援によって担い手を育て、地域を取りまとめて支援することで、より産地の活性化につながります。「柑橘王国」としての発展を維持すべく、県として、JAえひめ中央をはじめとするJAの前向きな取り組みについて、今後とも連携・支援していきます。

愛媛県 農林水産部 農政企画局 農政課 農地・担い手対策室 久保田 誠室長
えひめ中央農業協同組合
(JAえひめ中央)

代表理事理事長:福島龍雄
設立:1999年4月
組合員数:38,896人
住所:〒790-0011 愛媛県松山市千舟町8丁目128番地1
Tel: 089-943-2121(代)
URL:https://www.ja-e-chuo.or.jp/
2018年3月31日現在

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