学びを糧に経営力で挑む

なかせ農園(熊本県) × 日本農業経営大学校 農業を変える 儲かる農業を創る

これなら売れる。息子たちが感激メイドイン実家の「紅はるか」

東京都港区に校舎を構え、1学年20名という少人数での授業を通じ、次世代の農業経営者・地域農業のリーダーを育成する日本農業経営大学校。同校が卒業生を対象に初めて開催したビジネスコンテストで、最優秀賞を受賞したのが中瀬健二さん(31)だ。発表のテーマは、約10兆円の中食市場を狙った「蔵出しベニーモ」の新商品開発。6次産業化プランには、健二さんの実家・なかせ農園が仲介役として地域農家から規格外品を集約する、という具体案が提示された。「サツマイモの年間総収量およそ180トンのうち、1割を占めるのが規格外品。それを有効活用して、『時間短縮』『食べきり』『使いやすさ』をキーワードに単身者や共働き世帯を対象に販売したい」と健二さんは語る。発表されたビジネスモデルは、自社の売り上げや所得を伸ばすことに加え、地域活性化につながる取り組みとしても高い評価を受けた。

最優秀賞を受賞し、賞金200万円を獲得した(右から2人目)。

そんな健二さんだが、少し意外な告白をする。「芋農家の息子のくせに、実はサツマイモはあまり好きではありませんでした。でも『紅はるか』を口にした瞬間、これなら若い人たちにも売れる!と直感しました」。健二さんが感激したという実家のサツマイモは、かつては米蔵として使われていた築150年の土蔵で熟成させたものだった。父・清則さんは「細々と栽培していた『紅はるか』に目をつけたのは息子たち。2011年に長男・靖幸が勤め先を辞めて就農した直後、試験的に土蔵を貯蔵庫として使い熟成させた『紅はるか』が思いのほかおいしく、息子たちが着目したことが『蔵出しベニーモ』誕生のきっかけになったんです」と振り返る。

もともとサツマイモは、長期貯蔵によって糖度としっとり感が増すのが特長。特に「紅はるか」は熟成期間が長ければ長いほど糖度が増す。当時「紅はるか」は知名度が低く、主要品種ではなかったが、息子たちは「おいしい芋+土蔵での熟成」という自分たちの資産を組み合わせることで、「紅はるか」の独自ブランド化は成功すると可能性を見いだしていたのだ。

熊本地震後に再建した貯蔵庫は、あえて昔ながらの蔵のイメージを残す外観デザインにこだわりがある。

「儲かる農業に」という強い思い
それを後押しした農業・企業実習

健二さんはいう。「兄が実家での就農を決断した際に、父は確定申告書を見せて『農業はぜんぜん儲からんぞ』と止めたそうです。でも、兄も僕も両親が一生懸命働いてきた姿をずっと見てきたからこそ、『儲かる農業に変えたい』という強い思いがあったんです」。東京農業大学を卒業した健二さんは、1年間の社会人生活を経て、親元就農することに決めていた。「農業は儲からないといわれているけれど、儲かる農業だってあるはず。実家の農業に必要なのは営業力と経営力。それらについて勉強がしたいと考えていたタイミングで、日本農業経営大学校が1期生を募集していることを知り、入学しました」。2013年4月から再び学生生活がスタートした。

日本農業経営大学校で、健二さんが特に印象に残っているのが農業・企業実習だ。「1年生の農業実習では、サツマイモを生産する金沢の農業法人に行きました。生産・加工・営業を役割分担して6次産業化を進めている、まさに理想的な法人でした」という。「2年生のときは、企業実習先として選んだ福岡県の農業総合プロデュース企業で『自分の商品のブランド化を考えてみれば?』と勧められ、『紅はるか』の商品開発に関する資料を作成。それを携えて同社取引先のスーパーマーケットへ商談に行きました。その実習を通して『蔵出しベニーモ』の“しっとり蜜芋”というコンセプトが生まれたのです。その後も同社とのつながりは続き、現在はなかせ農園最大の販売先です。日本農業経営大学校で培った経験やネットワークは、なかせ農園にとって大きな財産になっています」。

日本農業経営大学校の講義の様子
平均糖度30度以上、最高糖度40度の「蔵出しベニーモ」

ピンチをチャンスととらえ法人化
それを陰から支えた立役者

2015年3月、日本農業経営大学校を卒業した健二さんは、実家に就農。収益的に厳しかったこれまでの多品種経営から、サツマイモ一本に舵を切り、同年7月には「蔵出しベニーモ」の直販を本格的に開始。家族一丸となっての経営は順調にいくかに見えた。しかしその翌年、2016年4月に発生した熊本地震で築150年の土蔵が半壊。気を落とす父・清則さんと母・朋子さんをよそに、息子たちはこのピンチをチャンスととらえた。「規模拡大に伴って検討していた大型の貯蔵庫を新設しよう。そして、法人化して資金を調達しよう、と決めました。もちろん苦労もありましたが、神がかり的に物事が進んだ年でした」と健二さん。こうして2016年7月には法人化し、株式会社なかせ農園を設立。最大貯蔵量約15万kgの全自動空調設備を搭載したサツマイモ専用の貯蔵庫も完成した。

兄・靖幸さんは、「法人化の際には、JAと農林中央金庫から、メリット・デメリットについて説明を受け、セミナーにも参加させてもらい助かりました」という。また法人化と並行して、JAグループの「アグリシードファンド」で増資を実施。この資金で、震災後の運転資金を賄った。こうしたJAグループの資金を活用する一方で、法人化を機に、なかせ農園では地方銀行との取引を行っている。靖幸さんは「複数の金融機関と付き合うことで、それぞれの特徴や良さが再確認できます。JAは金融のみならず経済・営農などと合わせた総合力が強みだと思います」と話す。

なかせ農園の法人化を支援したJA菊池金融部融資課の松野哲也係長は、「企業が金融機関を使い分けるのは、ある意味普通なこと。その中で、農業の一番の理解者であるというJA最大の強みを発揮する必要がある」と話す。「事業計画の実現性評価や審査等をしっかり行うことは言うまでもありませんが、的確かつ迅速な判断に基づいたスピーディーな支援もJAの重要な役割の一つです。これからも営農担当部門の職員と情報連携しながら、組合員の皆さんに寄り添っていきたい。なかせ農園さんの『地元の大津町をサツマイモ生産地としてもっと広めたい』という志は、JAも共有しています。これからもJAだからこそできる金融サポートをさせていただきたい」と結んだ。

なかせ農園(左から) 中瀬靖幸さん、健二さん、朋子さん、清則さん。出荷前の検品は一番重要な作業で、その作業は全て両親が担当している。
JA菊池 金融部融資課 融資係 農業融資担当 松野哲也係長

大変革、海外市場での試行錯誤
そして次世代へ―それぞれの思い

清則さんは息子たちが就農してからを振り返って、「私も家内も変化についていくのが精いっぱい」と笑う。なかでも農園に大変革をもたらしたのは、2年の準備期間を経て2017年3月に取得したグローバルGAP認証だ。「グローバルGAP認証の取得は、もともと価格競争に巻き込まれないよう差別化したいという思いからでした。そこで苦労したのが、認証取得の要件である収穫物のトレーサビリティです。商品・収穫した畑・選別規格・在庫管理・出荷を、全て細かく記録しなければなりません。毎日の在庫管理が大変でした。グローバルGAPと価格は必ずしも直結しませんでしたが、結果的に作業体系を見直したことによって、収量が改善され、マニュアル化・数値化など業務も効率化できたことは本当に大きかった」と健二さんはいう。また、早くから海外市場を念頭に置き、2016年7月には台湾への輸出を試みた。しかし、検疫でのトラブルが起こるなど難しさを痛感。こうした試行錯誤を繰り返す中、最近では、農林中央金庫の輸出支援事業を活用してシンガポールの商談会に参加。そこで、シンガポールでは大ぶりなサツマイモの人気が高いことなどを学んだ。そうした日本とは異なるニーズに応える努力を重ねることで、海外事業が伸長する可能性を実感している。なかせ農園のたゆまぬ挑戦は続く。

最後に、あらためて親元就農のメリットを聞いてみた。「土地・機械・栽培技術など、有形・無形の資産が揃った状態でスタートできるのは最大のメリットですね。父の経験値が高すぎるがゆえの“変える大変さ”は相当ありますけど」とは靖幸さんの弁。というのも、父・清則さんにとっては、作物に手間と時間をかけるのが当たり前。つい効率ばかりを追求しがちな息子たちに反発したことも一度や二度ではない。しかし、「経営の方向性は間違っていない」という一心からさまざまな改革を受け入れてきた。

なかせ農園の作付面積は、通年出荷を実現するために近隣農家から借り受けることで、毎年0.5haずつ面積を広げ、現在では7haに。2020年には9ha規模まで拡大させる見込みだ。「父が築き上げてきた地域からの信頼があるからこそ、ここまで広げてこられたんです」と健二さん。長年親が地道に培ってきた経験と信頼、その資産に経営力を組み合わせ、いま息子たちは次世代の農業を創ろうとしている。

健二さんは日本農業経営大学校を卒業した後も、同窓生や講師陣と交流を持っている。こうしたネットワークを生かして情報交換や視察を行うことも多いという。
株式会社なかせ農園
代表取締役:中瀬清則
設立:2016年7月1日
資本金:1,999万円
作付面積:サツマイモ7ha(年間収量180トン)
住所:熊本県菊池郡大津町岩坂578
電話:096-221-7829
URL:https://www.nakase-nouen.com
従業員数:8人(パート含む)
2018年10月31日現在

日本農業経営大学校
校長インタビュー
若き優れた農業経営者の登竜門として、
その存在感を発揮したい。

日本農業経営大学校 堀口 健治校長

日本農業経営大学校について——

日本農業経営大学校は、次世代の農業経営者および地域農業におけるリーダーの育成という目的のもと、2013年に設立されました。

農業は、地域社会とのかかわりなしでは、持続的な経営は成り立ちません。ゆえに当校では、「経営力」「農業力」「社会力」「人間力」の4つをテーマに全人格的な教育を実践しています。こうした考え方は、当校の前身である独立行政法人農業者大学校から引き継がれ、これからの農業に不可欠な“農業経営者の育成”という発展的な理念のもと、当校は民間資金で設立されました。現在は、農林中央金庫をメインスポンサーに、約260もの会員企業等の年会費の応援を得て運営されています。

中瀬健二さんの印象は——

目的意識が高い学生たちのなかでも、健二さんは収益性の高い農業経営という明確な課題に向き合っていました。卒業研究で発表した事業計画では、「紅はるか」を中心とした栽培にシフトし販売力を向上させるとともに、課題を解決するための3つの新事業を構想して、それらを着実に実現しています。

健二さんは、在学中に印象的だったのは農業実習と企業実習であると述べています。農業経営者を育てる本校においては、実際の現場でこそ農業経営を学んでほしいと考えており、実習先は学生が自ら選択します。また座学では、さまざまな分野の多彩な講師陣が、経営戦略、流通・マーケティング、会計・マネジメントなど実践的な講義を行っており、情報が集中・集積する東京という立地を最大限に生かして学ぶことができます。今後は人材マネジメントに関するカリキュラムをさらに充実させる予定です。

最後にメッセージを——

なかせ農園は、2016年の熊本地震による被災後、JAグループの「アグリシードファンド」から出資を得ました。本校としては、こうした事例のほか、農林中央金庫をはじめとする会員企業と密に連携しながら、6次産業化、企業とのビジネスマッチングなど、卒業後の各ステージにおける支援もしていく。

農業の担い手を育てるためには、所得向上、経営の強化が不可欠です。そこで必要となるのが農業経営者の育成です。会員の皆さんとともに当校の教育システムを確立し、これからも、若き優れた農業経営者の登竜門として存在感を発揮できれば、と考えています。

日本農業経営大学校
開校:2013年4月
校舎立地:東京都港区
定員:20名/学年
学生寮:全寮制
運営母体:一般社団法人アグリフューチャージャパン
教育期間:2年(講義・演習+現地実習)
募集対象:未来を切り拓く農業経営を志す者
主な費用:約320万円(2年間)(特待生もしくは農業次世代人材投資資金の助成金制度あり)

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