投資が農場を作り、イチゴが人を呼ぶ

JAと町のタッグによる特産品づくりと就農者育成

地元の特産品としてのイチゴ復活へ
町とJAが一丸となり農業法人を設立

「イチゴを作れないか?」 始まりはスイカのハウスから

「ハウスでイチゴを作れないか?買ってもいいというお客さんがいる」

2015年、JA鳥取中央に相談してきたのは、地元北栄町の松本昭夫町長(67)でした。

「きっかけは、知り合いの大手洋菓子メーカーの会長でした。町役場を訪ねて来た時の車窓からハウスが点在する町の風景を見て、イチゴを作っているのか尋ねてきたのです」と松本町長は振り返ります。

このハウスは地元の特産、大栄スイカのものでした。北栄町では以前はイチゴの生産も盛んでしたが、生産者の高齢化によって徐々に衰退。生産量は当時、ほんのわずかに過ぎませんでした。

「会長の話では、ケーキのデコレーションなどに欠かせないイチゴを全国の産地から入手しているものの、供給が追いついていないとのことでした。イチゴを作ってくれれば、買いたいとの話をもらったのです」

栽培が盛んな当時を知る松本町長にとって、町内での本格的なイチゴ栽培の復活は夢のような話です。町の活性化への期待も膨らみました。

「必要なイチゴの安定供給には、JAを頼るしかない」そう思った町長は、すぐにJA鳥取中央に声を掛けました。現在、JA鳥取中央で組合長を務める栗原隆政さん(65)は、その当時の状況を振り返ります。

「イチゴは市場での人気が高く、高収益をあげられる果物です。しかもこの地域はスイカや梨など、夏場に果物の収穫が集中して、冬場は作物が少ない状況にありました。12月から5月にかけて収穫するイチゴは、端境期を埋めるのにピッタリな作物でした」

当時、JA鳥取中央の管内では、小規模ながらイチゴの生産を維持しており、販路や栽培のノウハウも残っていました。

しかし、イチゴの大規模栽培に踏み切るには高いハードルがありました。イチゴは高い収益が期待できる一方、長時間労働と重い施設費負担の上に成り立っており、ハイリスク・ハイリターンの作物とも言われています。個人で新たに生産に取り組むのは難しく、近年は全国的に作付面積・収穫量ともに減少傾向にありました。目の前にチャンスはあっても、実際に取り組むのは、決して簡単なことではありません。

決断を迫られたJA。その背中を押したのは、地域社会と農業が直面する困難な課題を解決したいという熱意でした。

年々減少する就農者人口への危機感
「 町を元気にしなければ農業は守れない」

イチゴ栽培を持ちかけられたJA鳥取中央は、県内でも農業の盛んな地域にあります。全国的に知名度の高いスイカや二十世紀梨の2大品目を中心に、米、果物、野菜などを多く生産。しかし近年は、深刻な問題に直面していました。

「昨年のことです。梨の収穫時期、本来なら選果場に850人が必要なところ700人しか集まりませんでした。今、私たちにとって“人”の確保が、早急に取り組むべき課題となっているのです」

JA鳥取中央の栗原隆政組合長は、管内の危機的な状況を語ります。

「農家は高齢化し、跡継ぎも都会に行ったまま戻らず、担い手が減少しています。労働力不足により生産性が落ち、遊休農地も増え続けているのです。JA鳥取中央は20年前に9つのJAが合併しました。当時200億円余りだった農産物の販売高は2012年度に156億円まで落ち込みました。その後の様々な施策を通じて、2017年度には170億円と回復基調にありますが、更なる生産基盤の強化を目指しているところです」

農業に支えられてきた地域にとって、農業の衰退は、町そのものの活力の低下を意味します。人口減少が進むことで、さらに農業に関わる人手も不足。この悪循環を断ち切る必要がありました。

「地元の農業を支えるだけでなく、農業をもっと元気にすることで、地域の活性化につなげていく。それこそがJAに求められる使命なのです」と、栗原組合長。JA鳥取中央では2016年度から、JA版地方創生総合戦略として『農業を元気に! 地域を元気に!地域に人を呼び込む!』をスローガンとする新たな取り組みに着手していました。このような状況の中で、松本昭夫町長からイチゴ栽培の相談があったのです。

地域を変える原動力に
北栄ドリーム農場による未来への挑戦

JAと町がタッグを組みJA出資型農業法人を設立

イチゴ生産を通じて人を呼び込み、地域を元気にしたい。北栄町とJAの思いが合致し、イチゴ生産のプロジェクトを前に進めることになりました。

大量のイチゴを安定的に供給するためには、まずハウス設置などの初期投資が必要です。

JAと町による協議の結果、JA出資型法人の設立を目指すことになりました。町議会では、様々な議論が行われたものの、最終的には未来に向けて町内の農業と賑わいを育てることに理解が得られ、法人の設立を決定。町とJAの両者がそれぞれ1,500万円ずつ共同で出資することになりました。

社長には町長が、取締役に副町長、JAの組合長・専務が就任。生産管理者は民間に公募したものの応募者がなく、JAを退職した元営農指導員がその役割を担いました。

JA出資型農業法人には、地域農業の支えとなることが期待されています。JAは出資によって法人の経営基盤を安定させるとともに、経営や営農を幅広くサポートする役割を担います。経営が安定すれば、担い手が株式を取得して事業を引き継ぐことも可能です。

JA鳥取中央では、すでに稲作を中心とする遊休農地の解消等を目的にJA出資型農業法人を設立しており、法人の運営ノウハウも持っていました。3つ目の法人として北栄町で、イチゴ生産を手がける北栄ドリーム農場が、スタートを切ることとなったのです。

北栄ドリーム農場 場長 飯田 久範さん(左)とJA鳥取中央 組合長 栗原 隆政さん(右)。北栄ドリーム農場にて。

資金力を生かし最生新の設備を導入
若者を呼び込む魅力ある農業をめざす

北栄ドリーム農場は、その資金力を生かし、初年度の2016年には、耕作放棄地となっていた30アールの土地に7棟のハウスを建設。生産量拡大の基盤作りを着実に進めてきました。

さらに、長時間労働を減らすため、作業負担の少ない効率的な農業の実現にも注力。イチゴの苗はすべて高設育苗ベンチにし、水やりや液肥も自動で行える養液装置を導入。ハウスにはICT環境モニタリング設備を設置し、ハウス内外の環境をセンターで計測しています。遠隔地から24時間監視するシステムにより、作業場へ足を運ぶ回数も、ぐっと減りました。

テクノロジーの導入により、作業の質の向上も目指しています。北栄ドリーム農場で生産分野を担う飯田久範場長(60)は、「計測した情報は、販売実績などと統合した分析も行っています。経験の浅い人でも、美味しいイチゴが作れるように、生産技術を高める栽培マニュアルとして活用します」と語ります。

北栄ドリーム農場は初年度には約8.9トンを収穫し、約1千万円の売上を計上。現在は、さらなる規模拡大への道のりを歩んでいます。

「JA出資型農業法人の強みの一つが、経営への信頼の高さです。JAが経営と営農にきめ細かな目配りを行うことで、経営の質の高さへの評価を通じて、外部からのサポートを受けやすくなるのが強みです。その結果、積極的な設備投資が実現し、収益拡大への道筋が描けるのです」と、飯田場長。

経営が評価された結果、北栄ドリーム農場は県の戦略的スーパー園芸団地整備事業、園芸産地活力増進事業などの対象に指定されました。さらに2017年にはJAグループの担い手経営体応援ファンドを活用し、3000万円の増資を実現。この年の9月に栽培用ハウスを7棟、12月には栽培用ハウス4棟と育苗ハウス4棟を増設しました。圃場面積も設立時の2倍となりました。今後も規模拡大に向けて資金調達を検討しています。

イチゴの品種は、地元で人気の高い「紅ほっぺ」に加え、県の試験品種「とっておき」を栽培しています。生産技術を高め、地元の個人でイチゴを作る農家にもそのノウハウを還元。地域全体のイチゴ生産を底上げしていきたいと考えています。

きっかけは洋菓子メーカーの会長からの要望でしたが、消費者が好む大粒のイチゴ生産にも力を入れた結果、今では市場への出荷が多くなりました。イチゴ産地としての北栄町の復活に向け、着実な一歩を踏み出しているのです。

北栄ドリーム農場のイチゴ栽培施設

規模拡大と人材育成に注力 将来はイチゴが特産品と誇れる町に

北栄ドリーム農場には、イチゴ農園を順調に拡大することで、職場での雇用を確保し、新たな担い手を創出していく役割が求められています。

農場は今まで、若者たちが働き続けたいと思える、魅力的な農業を目指してきました。目標に掲げたのは、「辛いをなくす」「時間とお金がかかるをなくす」「わからないをなくす」こと。飯田場長は農場として「これまでなかった理想の農場を作り上げ、働く人に喜びと充実感を提供したい」と語ります。

さらに、新しい農業の担い手の育成にも注力。町がUターン、Iターンの受け入れ先として実施している地域おこし協力隊の制度を活用し、北栄ドリーム農場での働き手を募集。若者の参加を呼びかけてきました。町が研修生を雇用し、農場でイチゴ生産の技術を実地で学びます。期間は3年間ですが、参加者はその後もこの地域に残っており、就農への意欲も高い状況にあります。

「北栄ドリーム農場での経験を活かし、将来は暖􄼩分けのように、この地域で新たにイチゴの生産を始めてほしい。一歩一歩ですが、人を増やし、技術を広め、町の活性化につなげていきたいと思います」と、飯田場長の指導に熱が入ります。

5月のゴールデンウィークには、「あぐりキッズスクール」が北栄ドリーム農場で開催されました。会場には、赤く実ったイチゴを丁寧につみながら、うれしそうに歓声を上げる子どもたちの姿がありました。

「いちご狩りなど観光資源としての活用も視野に、モデルケースとして北栄ドリーム農場の今後を見据えています。さらにもっと人を呼び込んで、将来的にはイチゴを鳥取の特産品として、売上げ10 億円規模の品目にするのが目標です」とJA 鳥取中央の栗原組合長。

農業と地域の活性化のために播かれた種が、未来に向けて、北栄町で着実に育ち始めています。

出荷の現場から
生産者と市場は運命共同体。設備・技術のハードルを乗り越え、県外への出荷に挑戦を

鳥取中央青果株式会社
消費者に人気の高いイチゴが鳥取の新しい特産品に育つことを期待

取締役 果実部長 蓮佛 和也さん
地物果実部 課長 三橋 幸人さん

鳥取市の公設地方卸売市場で主に野菜や果物を扱っています。鳥取はらっきょう、スイカ、梨などの特産品が有名ですが、農家の高齢化などにより年々地物の農産物が減り、市場の売上げも減少しているのが現状です。

その中で今回、北栄ドリーム農場が誕生したことは、生産量を一気に増やす可能性を秘めた取り組みと受け取っています。設備投資と技術が求められるイチゴ栽培は、個人農家が新たに取り組むには高いハードルがあります。町やJAが後押しすることで、新しい風を呼び込んでほしいと期待しています。

イチゴは消費者に人気の高い果物で、安定して確実に売れる商品です。北栄ドリーム農場の担当者として、取引先や消費者の声を農場にフィードバックしています。たとえば大粒のイチゴをきれいに箱詰めして贈答用にするなど、付加価値を付けて高額で売れる商品の開発に、農場と協力して力を入れています。安定した供給が期待できるので、今後もこうした工夫をしながら、鳥取産のイチゴをアピールしていきたいです。

我々市場が元気でいられるのも、生産者があってこそ。北栄ドリーム農場が新たな農業の担い手を育てる試みに注目しています。現状では、鳥取県内で消費されるイチゴは県外産に依存しています。就農者がどんどん活躍して、生産量を増やすことで、県内で消費されるイチゴが鳥取県産に替わり、将来的には県外へ出荷できるくらいまで広がってほしいですね。

鳥取中央青果株式会社の様子

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